2010年04月09日

BAGUSはブラック・ボックスです。


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たった一軒の音楽喫茶BAGUS(バグース)との出会いが、私という一人の人間の生き方を変えたのは紛れもない事実で、それを思うたびに、人間は人との出会いでつくられ・かえられて行くのだろうなあと感じる。そんな出会いがあなたの人生にもありましたか?きっとあったんだろな、多くの人たちにも。直接かかわりを持って来た人は分かってくれると思うんですが、BAGUSという後のライブ・ハウスを創り出したmasta.Gという人間は濃いのです。たぶん、世界でも突出する濃さをもった人間だと思うのです。濃いというのは、ピュアであるということでもあります。刺激物でもあるし。

私が音楽をやり始めた時に、BAGUSは閉店したのですが、あの空気の出所はmasta.Gであって、masta.Gの脳味噌がBAGUSの核だったのだから、masta.Gが音楽を奏でる場所はBAGUSみたいなモノであり続けるはずと思っていました。もちろん、LIVEをやらせて頂くお店の持つ雰囲気には生き物として自然に多少は左右されるのですが、一旦上がったステージ上の気持ちはBAGUSに存在し続けるのです。それがいったい何なのかというと、”素の自分をさらけ出してしまう”作用を生み出すブラック・ボックスです。これに入ると、もう嘘・ごまかしは利かない世界です。ブラック・ボックスへは、各自が生まれてこの方ずっと育てて来た自分の方程式を手に手に入って行きます。通り抜けた向こう側には、自分の方程式が出した「解」が出てきます。はたしてそれは「”自分の思い描いていた通りの”正解」なのか「”思いっきり”誤解」だったのか、いや、待てよ、「理解」しようという思いこそがそもそも「不正解」ではなかったか…?

BAGUS NIGHTというイベント、今回でまだ2回目をやろうとしているところですが、ミュージシャンの立場から考えても、非常に意味深くおもしろいです。そして、だんだんと音楽好きなお客さんが集まってくれるイベントになりつつあります。何十年も前、日本の音楽コンサートに集まって踊り狂ったお客さんは、少し歳をとった今も音楽コンサートを体験した楽しさを忘れておられません。若い人にも体験してもらいたい。ココロの内が歓ぶような、何もかも忘れられるような自由な気分を。がんばろっと!よぅし!!!BAGUSという言葉とMUSICという言葉は、私にとっては何ら変わらない同義語であるということです。BAGUS NIGHTはMUSIC NIGHTということで本日はここまでに致します。^^



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2009年11月16日

masta.Gの生まれた日


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この人と出会わなかったら、ぜったいに私は音楽を仕事にはしていなかった。BAGUSというお店に一歩足を踏み入れた瞬間から、この今の運命は決まっていたのかな。偶然、必然、自然、どれにも当てはまり、どれだけでもない不可思議さ。そして、出会ってから後の何十年、私のために心砕いて下さった日々の熱意と根気強さに、感謝と尊敬を感じずにおられません。おめでとう、ファンキー&ソウルフルなドラマーmasta.Gさん。今日で55歳になりましたね。これからも山あり谷ありな予感がします。毎日のstrugglingsはどうもやみそうにありません。でも、これぞパラダイス・ロード。幸せへの道…なんだと思っています。

この小さかった少年の”遠いところを見る”目と、柔らかなスマイルを持った口元は、何も変わってない。心が綺麗なまま大人になったことが分かります。Respect。


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撮影:(上)辻川元春お父さん、(下)chi-B


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2009年10月16日

大塚まさじさんの出演が決定♪


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じわじわと秋も深まっておりますが、昼間は暑い!こんな時期には風邪にご用心です。今日のNEWSです!12月11日(金)のBAGUS NIGHT@アメリカ村サンホール Vol.1に大塚まさじさんが出演して下さることになりました。テレビドラマなどにも出演されているし、もう何十年も歌い続けて来られている大先輩。緊張します〜。緊張よりも感激が大きいです。ちょうどmasta.Gがブログに大塚まさじさんの紹介記事を書いてくれているので、そちらをご参照ください。この中にもある通り、私にとって初めてライブハウスというもので音楽を聞いたのは、この大塚まさじさんでした。それまでは、肥後橋のフェスティバル・ホールとか、大阪厚生年金会館とか、いつも大ホールみたいな場所で主に海外のバンドのLIVEを見たことしかなく、日本の音楽のLIVEに至っては、山下達郎さんとか、あとは片手にも満たない数の歌手しか見たことがありませんでした。あの日のことは、断片的にですがしっかりと焼き付いています。

BAGUSは比較的狭いお店で、20〜30人も入れば満席状態でしたが、そんな満席は見たこともなく(笑)、開店当初は、いつ行っても大阪芸大の学生たちがたむろして、朝方まで遊んでいたものでした。私は高校を卒業するかしないかくらいの頃だったので、門限もあり、ギリギリでも夕方6時ごろまでしか居られなかったのが残念で仕方なかったころです。コーヒーをブラックで飲む人を初めて見たのもその頃でしたねぇ。懐かしい。…なんで甘くしないんだろ??…と心の中で思っていましたが、大学生の、しかも芸大なんていうムズカシソウナ学校に行っているお兄さん、お姉さんには話しかけるのも恐ろしくて(今から思えば大学生なんて子供みたいなもんなのにネ)、いつも一人離れた席に隠れるように座って、次々にかかる初めて聞く種類のレコード、多くはブラック・ミュージックかジャズかたまにクラシックも、を耳をダンボのようにして聴いていました。そこでライブというものがあるとマスターだったmasta.Gさんから聞き、あれは日曜日だったのかなぁ、喫茶店なのにLIVEとはどういうことなのか?と恐る恐るBAGUSに行ってみてビックリ仰天!

普段ほとんど人などいない昼間のお店に、数えきれない人が作る長蛇の列。。。「なんじゃこりゃー!」と思いました。商店街にズラー、商店街から出て列が続いてズラズラー。あんなの初めて見ました。大塚まさじさんとは、それほどすごい人なのか!と思い知った瞬間でした。私は列に並ばず、いったいどうなってるのか???と階段を駆け上がって店内へ。すると店の中は丸椅子が無数に隙間もないくらい置かれていて、店の人たちはてんてこ舞い状態でした。(その後、丸椅子も取り除かれて、みなさん床に座ったりしてスペースを確保していた記憶があります。)カウンターの中を見ると、脚立に人が昇ってる。天井に頭がつきそうになりながらも。「誰なのこれはー?何してんの??」それが写真家の糸川さんだったと知ったのは、それから20年以上たってからのこと。しかも自分の伯父さんにあたる人だともちっとも知らず。それを知ったのも20年以上たってから。まったく不思議な御縁です。今回LIVEで御一緒できること、これは言葉で説明できないほど深い運命の流れのなせるわざ。この世のすべての出来事はDivine Orderで動いているとは、私のsisterであるCaliforniaのDaTreeの言葉ですが、こんなことがある時、ついそれを信じずにはおられません。やれることを心こめてやろう。。。それしかできへん。

P.S.,
一時期は延命措置の内容についても話し合われていた病院の父でしたが、驚異の快復力を見せており、何も食べていないにもかかわらず何故だか体力がわいてきて、退院を自分で口にするようになってくれています。大正生まれは強いわ。精神が。ありがたい。毎日電車に乗って満面の笑顔を武器に励ましに通っている甲斐もあるってもんです!逆に励ましてもらいに行ってるのかもネ。過酷な場面も踏ん張ってくれてありがとね、お父さん。すごいと思うわ。心配してくれていた人がもし居られたら、どうもありがとうございます。まだ安心はできませんが、まだまだ生き延びてくれる予感がビリビリしてます。もうチョイがんばってもらいます。今回のことで「大好きやねん。」と真剣に言えた。そんな恥ずかしくなるような言葉、面と向かって言えると思ってなかったのに。ここや!というときは出るもんですゎ。自分でも驚く。(この甘えん坊ぶりにさ)笑



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2009年03月03日

本当に本音が知りたいですか


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3月1日のLIVEに来て下さった皆さん、どうもありがとうございました。辻川”masta.G”雅治プロデュースということで、今は閉店したBAGUS時代からの知り合いも数組オープニング・アクトとして出演してくれて、懐かしい声がきけた夜でした。ブルーズ・シンガーのバルタン松尾さんが、「辻川さんと久しぶりに逢えた時の気持ちを歌にしました。」と、出来たばかりの歌を弾き語りしてはったのが印象的でした。”♪やりたいことを やりたいように…と教えてくれた人…”そんな歌詞が盛り込まれて、それはGさんが店に来るたくさんのお客さんやミュージシャン達にいつも云っていた言葉だったなぁ、と懐かしく思い出しました。

BAGUSという店が他と絶対的に違ったのは、辻川”masta.G”雅治(以下、Gさん)という人間が他に類を見ないほどの真っ正直な人間であるがゆえに、嘘偽りない本音が聞ける店だったことだと思います。あなたは家族ではない他人が自分のことをどう思っているのか、本気の本音を聞いたことがありますか?この質問に、ある!と云える人は数少ないのじゃないか、と思います。メチャクチャ仲の良い長年の親友と呼べる人が居る人ならあるのかもしれませんが、それでも歯に絹は着せていると察します。本気の本音を聞いたつもりでも、どうしてもオブラート100枚くらいに包んだ言葉を云ってくれているのが普通ではないでしょうか。英語でよく言う”Truth hurts.”真実は痛いもの。傷つけるのが怖いから、この人も頑張ってるんだから、嫌われるのはイヤだから、何となく云えなくて…という気持ちがあるからこそ、本当の感想を相手に向かってぶつけられる人間などそういないものです。Gさんは、それができる貴重な人間のひとりです。何の迷いもなく、もちろん悪気などこれっぽっちもなく、ただ”その人、またはその作品が、より良くなるため”と信じ切ってです。完全にポジティヴな動機とピュアな心だけがあってです。

お世辞や気遣いを拭い去ったあとに残る”真実の声”がまともに心のストライクゾーンに投げ込まれたとき、それはほとんどの場合、かなり痛いです。逆切れしようと、反抗しようと、言い方や言うタイミングが悪いと相手を責めようと、その痛みから逃げられないのは何故でしょうか。その答えは一つしかないです。自分の心の奥底で、それが真実だとわかっているからです。人間、どうしても自分をかばう心があります。私も前は山ほどありました。それが成長を妨げていることがあるのです。本当はもっと良くなれるのに、安易なところでオッケーを出してしまうから、そして周りもそのオッケーを安易に受け入れて、時にはいっしょに誤魔化して拍手を送ってしまうから、低次元なところから出られなくなっていることが多いです。簡単に言うと、傷の舐めあいです。もちろん優しい言葉も必要な事はあります。でも、本気で何かを上達したいときや、人間としてもっと大きく成長したいとき、それが妨げになることは事実です。Gさんは、すべて見抜いて、その心の壁を大またで超えた声をかけてくる天才でなのです。

一段落目に書いた、「やりたいことを やりたいように」というGさんの言葉。たくさんの人にこれを言っているのを見聞きしました。でもこのフレーズは、気をつけないと都合いいように誤解してしまう人があるようです。メチャクチャでもいいからやればいい、という意味ではありません。自分が心から、こうなれたらかっこええなぁ〜と思ったその理想の姿そのままを、ゆがませることなく、”ちゃんと”徹底的に追求して、やれ!という意味で言っているはずです。それが、”やりたいようにやる”ということの本当の意味です。だから難しい。だから挫折しそうになる。当たり前です。簡単に出来ることなら感動も少ないです。厳しくとらえて、頭打って、悩みながらも誤魔化さずきっちりと”本当にやりたいように”やれ、です。それをGさんは何十年も言っているのです。

もう一つ、Gさんがよく人にいっている言葉があります。ちょうど今の話と対になっているような言葉です。「それがほんまに好きなんか?かっこええんか?それがホンマに自分の思い描いてた姿なんか??」これもまた、心の壁をスッと通り抜けて、言われた人の胸の奥底にはまって抜けないのです。忘れようとしても、何年後かにまたぶり返す強いエネルギーを持つ言葉です。まともに受け止めた人、あなたは私の仲間です。内側から解りだしてからが本当の修行の始まりです。怒った振りして逃げ回っている人、どこへ行こうと自分自身から逃げることは不可能です。BAGUSとは、そういう場所だったんです。雅治さんとは、そういう清らかな心の人なんです。だからこそ、あの空間では音楽が100%生きていた。むちゃくちゃ存在価値のある、分け隔てなく”文化と人間”を育てる店でした。社会に貢献するとは、こんなことなんじゃないかと今となって分かる私です。Gさんは、誉めて育てるというやり方が大嫌いなんだと、いつも言います。それは人を騙すことと同じやからと。誉めて人をコントロールして、またそれをやられて気分よくなって喜んでる人間も嫌いだし、それは詐欺師に騙される人間になる可能性をはらんでいて非常に危険な考え方だと言います。最近になってやっと私はコレに大きく頷けるようになってきました。人間修行はまだまだ続きます。

最後に大事なことを。そんな厳しいGさんですが、相手が誰であろうと、例えば前に問題事のあった人であろうと、ちゃんとしたことを立派にやった時が来たら心の底から喜んで賛辞を送れる人です。嫉妬心などカケラももっていないからだと思います。素直に他人の成し遂げたことを喜べる、これは美しいことであり、またスッと本心から出来る人は少ないです。人間は悩める葦だそうですから。夜明けに向かって明日も生きてみましょう。Have a good day!!





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2008年12月08日

一歩入ったその日から


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だいたい私は子供の頃から不器用な方でした。なんでもイヤイヤやっていてチャランポランで、すぐに途中で投げ出すタイプだった記憶があります。夏休みの工作の宿題もほぼ100%母親が手伝ってくれて、夜の11時も過ぎるとマブタが下がってきて作業を続けられなくなり、「もうどうなってもいい。」と布団にもぐりこみ、次の日つまり新学期の朝に起きてみたら出来上がっている、なんて毎年の事で。でも最近ふと気がつけば非常に目の揃った綺麗な編み物ができたり、こうして明け方までかかってでもCDのデザインを凝りに凝ってしていたり、簡単なやり方ではあるけれど、それなりに食べられる栄養ある料理を手早く作れるようになっています。これは一体どこで変わってきたのか。人間って何かの拍子にバチっと突然変異を起こすことがあるのがオモシロイです。

もちろんできなくなった事もいっぱいあります。何でもかんでもノートに書くのが好きだったのに、もう最近はペンを持つのもだるくて億劫です。英語の歌をなんどでも書きとって繰り返す事で覚えていった、あの中学・高校・大学生の頃にはあった勤勉な態度がなくなってしまっています。10年以上も書道教室に通っていたのも過去の栄光というか、ぐうたらさんは字もまったく綺麗にかけなくなってきました。辞書を飽きずながめていたのに、もう今では見もしません。字が小さすぎて隅々まで読むことをしなくなったのです。読みたい気はあります。英和辞典は私の大好きな本の一種類です。4年に一回改訂される(んでしたよね?)ので買い直して読み直して…なんてやりたい気持ちはあります。でももうやらないだろうなぁ、と漠然と感じています。

こんな私ですが、音楽だけは手を抜けません。こういうものと出会ったことが不思議であり、人生ってきっと平等にできてるんやろなぁと思います。だって私は一度ならず”な〜んにも心配もしないで、テキトウに暮らして、できるだけ楽して、遊んで生きていくぞ!贅沢なこと考えないでうまくやったらやれるはずや。”と思った人間なんですから。少しの罪悪感はあったけれども、居直ったような感覚がありました。それが覆った。これはどこでどうなったのか?そう、BAGUSに一歩足を踏み入れたときからでしょう。「本当にやりたい事はなに?自分の一番好きなことはなに?今やってる仕事がほんとうに自分がやりたいことなん?」と店にやって来る誰にでも質問していた若きmasta.Gとの出会いで、宇宙空間で物に激突したときのように、私の理想未来予想図(当時の)としていたことからは、永遠に180度逆方向へと飛ばされていくことになったのでしょう。

いや、他人のせいにしてはいけませんね。一時、よくGさんが言っていました…「みんな自分の人生が変わった〜、こんなつもりやなかった〜とか云って僕のせいにするけど、足動かしてあの階段上がってきたのは自分やのにな。無理に連れてきたんとちゃうもんな。」と。まさしくその通り。自分で選んでアンテナでキャッチした何かに惹かれて通ったのは私であり、みんなでした。そしてあの場所は非常に強力な磁場でもあるのか、怖いくらい人々の本質がむき出しになる場所でした。女も男も年寄りも子供も、隠しに隠した本心・正体があばかれる場所でした。不思議な目に見えない何かです。それが音楽の力でもあります。そのまま、ありのままが出る。BAGUSは音楽そのものでした。今は閉店してしまって建物はないけど、私の中にはいつまでも消えず残っています。あ、そりゃ仕方ないわ。震源がGさんだから。笑 そして、わたしの至った結論は…正体からして磨いていくしか音楽を磨く方法はないです、という事でした。なので、死ぬまでこの心の作業は続くのでしょう。その自分のやっていることが世の中の役に立つことでないといけない、というGさんの言葉もまた忘れてはならないと気持ち新たに。。。みなさんも、稔りある良い一週間を!おやすみなさい〜。





chi-B&masta.Gのmyspaceはこちら


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2008年06月13日

ティーチ・インって何?


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BAGUS(バグース)…それはインドネシアやマレーの言語で「最高」とか「素晴らしい」といったイメージの単語で、日常会話によく使われています。英語の”great”とか”beautiful””wonderful”、”the best”に似た意味があります。BAGUSが出来た当時、お年を召した男性が、「戦争でインドネシアに行ってた頃を思い出しました。なつかしいので。」と云って入ってこられたこともあるそうです。masta.Gは何かの辞書で見て、この名前をお店につけたのだと聞いたことがあります。ほとんど誰も意味は知らなかったけど、この覚えやすい名前は、途切れた事のなかったレコードの音と珈琲の香りと共に、後々私たちお客の心に深く刻み込まれる事になります。あのBAGUS初期に店に一日中でもたむろしていた人たちは、今ではもう会うこともなくなりましたが、BAGUSと聞けば、すぐに店の空気からインテリアから何からフラッシュ・バックすると思います。私がそうであるように。

はじめはライブ・ハウスではなく、朝から営業して7,8時頃には閉まっている綺麗な喫茶店であったことはお話しましたが、その実、やっぱりしっかり通ってみれば、まったく普通ではないお店でもありました。下駄(汚〜い履き古したモノ)で来た人が「うちはそんな格好で来る店とは違う!」と叱られて靴を履きなおして出直しさせられたり、おしゃべりで音楽も無視したガヤガヤうるさい、他のお客さんに多大な迷惑をかけているのに気付かないオバ様たちの団体客がいると、Gさん自身の手によって銀のお盆が店の真ん中にガンガラガッシャーン…クワン…クワン…クワヮヮヮン…と放り投げられたり。(終始黙って。音対音の世界での出来事として。)常識破りと言うのか、(いや、待てよ〜。下駄履きでお洒落な店に入るのとか、自分勝手に大声で話す事こそが常識破りor常識外れやんネ?)とにかく驚く事がいっぱいありました。

まだLIVEなどやっていなかった頃、ふと行ったある日の午後のBAGUSで、お客さん(殆どが芸大の学生さんだったと思いますが)がガタガタと椅子・テーブルを動かしている場面に遭遇した私は、(え…一体なにが起こるんや!)と思って立ちすくんでおりました。当時は私は最年少組で、他の人がみんな自分よりもずいぶん大人に見えていた頃です。今思えばほとんどが20代、Gさんも20代の若さですが。

「はい!TEKOちゃん(当時の私の呼び名) も座って。」という声。

(何、何。…茶話会みたいにテーブルひっつけて〜緊張するよぉ。)

Gさんが指差した手描きのポスターを見た。書いてあった言葉は、

○月○日○時〜 ティーチ・イン

なんやの?ティーチ・インて。。。と疑問渦巻く頭の中でしたが、様子を見ていると、全員の飲み物の注文が出揃ったところで座談会のようなことをやり始める面々。

「女はなんで化粧するんやと思う?」

Gさんが先頭切って、その場の皆にこんな風な質問を投げかけます。それに、男も女も一人ずつ意見を言っていくのです。これは、相当キンチョウしました。正直、あゎゎゎご勘弁〜!っと叫んで逃げ出したくなってゾワゾワしました。だって、そういうのってイチ普通の日本人の私は苦手だったわけです。あんまり考えずに、皆がやってるからとか、そろそろ興味がわいたから、綺麗な色を付けたいから、くらいしか考えていない子供時代ですから。そして、何よりも、私は化粧をしていない幼い10代♀でした。「ところでTEKOちゃんは何で化粧はしないんや?」と質問が来ても、身も心もがちがちになって、「…えぇっと…お化粧したら目がかゆくてもこすられへんからです。」みたいな、スカタンな答えしかできなかったのを今も思い出して苦笑する事があります。

他にも、常連的なお客さんには「BAGUSは、あなたにとってどういう場所ですか?」などと云う質問まであったりしました。皆がどう答えていたのかとか記憶はあいまいですが、いつもGさんは一人一人の答えに対して、さらなる意見や質問を即座に出していくのに呆けたように聞き惚れていた私でした。ああいえばジョーユーどころではない、スパン!と急所めがけて打ち返す鮮やかな返答ブリに、職人技みたいなものまで感じてた子供でした。笑

今改めてYAHOOの辞書を見てみると、teach-in というのは、「大学での学生・教師などによる討論集会」だと載っていました。(博識な皆さんはとうに知ってはったでしょうが)。Gさんは今でこそ音楽に集中する人になって、あんまり無駄に話さなくなったけども、討論したり、考えたりする時間を皆に持ってもらいたい若者だったんですネ。喫茶店だけやるつもりなんて毛頭なかったわけです。何か熱い思いがあって、それを周りに飛び火させて、ダラダラ〜っと大学生活を送っている私たち個人個人が、自分の中の思いに気付いて動き出すようなMovementに持って行きたかったのかも知れません。これが田舎町に情熱ほとばしるようなJAZZやR&Bをぶちまけたあの一大イベント『エキサイティングライブ in 藤井寺』(企画・制作: 辻川"masta.G"雅治、出演:上田正樹、大阪のJazz men多数、於:市民会館大・中・小ホール・エントランスエリアすべて)の序章であったことを、その日は誰一人気付いては居りませんでしたが。

「俺は影の火付け役やねん。みんなの気持ちに火つけて周ってるんや。」

この言葉を当時よく口にしていたように覚えています。遠い遠い昔。このティーチ・インは数回あったかと思いますが、私はたぶん貼り紙に注意して避けてたんでしょうねぇ。情けないけど、苦手でした。一度、鶴瓶さんも来たとか聞きました。未確認情報ですので、Gさんに明日確認してみようっと。ではまた次回♪

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chi-B&masta.Gの音楽はコチラで聞けます。
http://myspace.com/chibmastag


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2008年05月30日

文化の殿堂・藤井寺BAGUS


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chi-B&masta.Gのドラマー、プロデューサーであるmasta.G(以下、Gさん)が、ライブハウスを経営していたことをご存知の方も居られますが、そこに開店から閉店までの約25年間、ず〜っと通い続けた私しか知らないことを、この新しいカテゴリーで書いていこうと思います。今日は、そのプロローグというか、あらすじとして、おおまかに…。

Gさんが「文化の殿堂」と自称していたBAGUSは、一言で言えば、田舎町にドーンと出現した”過激”なお店で、入るのに勇気が要るというので有名でした。「ここは音楽を聴く店です。音楽をうるさいと感じられる方は、入店をお断りします。」と入口に貼ってたような記憶があります。何よりも他の店とちょっと違うのは、いろんな壁をゴジラのように破壊して、なかなか動かない、かの行政までも巻き込み、市民会館や刑務所や養護施設やお寺まで出張して、ジャズからR&Bなどテレビではやっていなかった日本の音楽、今では全国区のミュージシャンのLIVEを、その強力な人脈を存分に生かして、街に人に向けてぶちまけて聴かせてくれた、masta.Gのワイルドさでした。

BAGUSは、25年の歴史の中で数々の変貌を遂げてきました。Gさんは掃除と模様替えが好きなんでしょうね。真っ白い喫茶店は、SOULFULな音の流れるアジアンテイストなお香が焚かれる不思議空間になったり、次にはテレビモニターが5台くらい置かれて、音楽の映像を流しっぱなしにしていたり。この田舎町の商店街を行く人々にも派手にアピールしていました。私は中学校の音楽の教師に『あそこは怖いところやから、キミみたいなイイ子は行ったらアカンよ〜。』といわれた事があります。(学校の教師がそういう事を云ってもいいんでしょうか?彼も店にLIVEを聞きにきたことがあるらしいのですが、あまりに才能溢れるミュージシャンがいることを知って、嫉妬でもしたんでしょうかネ?)もちろん無視して通い続けたから今の私があるのですが…。20人も入ればいっぱいのお店でしたが、最高では100人以上入っていました。商店街から駅に向けて、ずら〜っと行列が出来ていた光景は忘れられません。その記念すべき第一回目のLIVEは大塚まさじさんでした。写真家の糸川さんが撮影に来られていたのはこの時ですが、私もチケットを買って観に行ってたのに、当時は糸川さんを知りもしませんでした。

ササっと振り返ると…

開店当時は明るい綺麗な喫茶店で、大阪芸大の学生さんがたくさん常連のように来ていました。私達のバックトラックなども作って下さったギタリストKazhも、短期間、アルバイトみたいなことをされていたと聞いていますが、私は当時は出会っていません。(その後すぐにkazさんは数十年間LAへと音楽修行に行かれます。)コーヒーとコンビーフ・トースト、ヨーグルト・ジュースなどのメニューは、Gさんがレコード会社を辞めてから東京の珈琲美学という学校で学んだ本格的なオイシイものでした。まずコレが当時は子供だった私の心をガッチリとらえたことは、以前にも書いたかも知れません。音楽はジャズやR&B、たまにビバルディーや新世界(ドボルザークだっけ?)などクラシックも、大音量で流れてました。「ちょっとウルサイわ。音下げて頂戴。」なんて文句言うお客さんがいたら、さらにグイっと音量を上げるマスターは23歳のファンキーなmasta.G。アフロヘアにアロハシャツ。私は話すのも怖かったです。けど、聴いた事の無いR&BやSOULやFUNKのレコードが絶えず流れていて、そこで私は「こんなにカッコエエ音楽が外国にはいっぱいあるんか!」と思い知り、音楽だけをお目当てに通い出したのでした。

その後、夜にお酒を出し始め、ジャズのLIVEをやるようになり、グランドピアノとドラムセットが導入されて、ムーディーなバーのようになりました。Gさんは毎日ダブルのスーツです。今、東京でジャズ(だけでなくロック系なども)をやってる大阪出身のミュージシャンで、この頃BAGUSで修行した人が少なからず居られると思います。Gさんにお説教されて泣かされた人も何人か居るらしいです。日によって色の変わるBAGUS。日曜日のお昼には、バロック音楽の演奏もあったし、芸大の人たちによる摩訶不思議な音楽アートのLIVEもありました。たまにはパーティーもあってグチャグチャに人が入り乱れて、ものすごい事になってました。その光景はあまりに過激すぎて公の場では書けません。(爆)BGMはハービー・ハンコックの「Rockit」辺りを想像して下さい。ヘッドハンターズも。時まさにバブル真っ只中…だいたいわかりますでしょうか?それもあって、外国人のお客も多かったです。(で、また外国人たちもGさんに説教される。完璧にボーダーレスです。笑)

最後あたりは当時最新のLA直輸入(輸出 by chi-Bやmasta.G自身)のBlack Musicのビデオが流れ、ブラック・アーティストの描いたT-シャツが売られ、HIPHOPやREGGAEや後はストリートでやってる子らを引っ張り込んで(?)LIVEをやっていました。(もちろん、ここでも若者たちへのキッツイお説教があるのでした。)今は有名になったビート・ボクサーのAfra君(知ってはるかな?ゼロックスのCMに出てた男性です。)やら、韻シストなどが、音楽をやり始めたばかりで、アマチュアでLIVEしに来ていました。そして、かく云う私もGさんとLIVEをやり始めました。(この経緯については、『実録・読物カテゴリー』に書いています。)

今思うにBAGUSは、まるでアメリカで一番歴史の長い音楽番組「SOUL TRAIN」と共に歩んで来たみたいなお店でした。SOUL TRAINは今現在もまだ最先端のブラック・ミュージックを見れる放送が続いていますよね。(見たい!アメリカ在住の人よ、ビデオ送って下さい。笑)それと同じように、BAGUSスピリットも続いています。Gさんが音楽を止めない限り、chi-B&masta.Gの行くところすべてBAGUS!みたいなものなんです。25年間のなかでの武勇伝やら逸話は限りなく頭に浮かびますが、何を書いていいのか、まずはGさんの了承を得てからということで。今日のところは軽くご紹介!まで。。。

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チビーアンドマスタジーの音楽はこちらでどうぞ。
http://myspace.com/chibmastag


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posted by chi-B at 02:53| 大阪 ☁| Comment(4) | 文化の殿堂BAGUS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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