My ”ミュージック”=MUSIC+MAGIC
このカテゴリーに書くことは、私の音楽の道の記録であります。
次から次からあらわになってくる色んな人生の現実と、誠にやっかいな気の病にやたら投げやりになる自分と闘いながら自分のホームページを手探りで少しずつ作っていた頃、ふと目を止めた音楽系のサイトがあった。それは、ニューヨークで大学に通いながら自由な時間に音楽も作っている若い日本人の男の子GENXくんのサイトだった。当時GENXくんはトラックメイキングをやりながらラップもやってた。そのサイトに作品を発表している仲間に、ニューヨーク生まれニューヨーク育ちの日本人ラッパー、当時はまだ18才か19才くらいの自由人だったDIPくんもいた。そして、子供の頃から海外の学校で生活をし、アメリカの大学を終了して大学院に入ろうとしていたSTFくんがいた。
「日本人なら言いたい事は日本語でやるのが本来の姿でしょ。」という周りの声やアンケートの言葉にとても考え込んでしまっていた自分にとって、彼らの作品がとても新鮮に感じた。それまで、「日本語では作れません。どうしても洋楽のスタイルに日本語の歌詞はダサいと思えてなりません。」と、(英語でやってもそんなに素晴らしいものを作っていたと云えないのに…ですが)頑なになっていた私は、よくmasta.Gに、「それは君の頭にあるものがダサいだけやろうが!自分のセンスの問題や。ダサくないと思うもん作ったらエエだけやろう!そんなこと言うたら、日本語でやってる人らに失礼すぎるやろ。あんまりたくさん聴いた事無いくせに軽々しいこと云うな。」とよく叱られていた。それもそうだと思いつつも、なかなかそういうスイッチは入らなかった。でも、彼らはやっていた。英語も私なんかよりももっと流暢に話せるけれど、それでも作品は日本語でも作っていた。まさしく一般にいうバイリンガルまたは帰国子女という人たちだった。「この人たちと知り合いたいな。」と、私は初めてインターネット上でのメッセージを送ることをした。まさしくドキドキの初体験だった。
当時の彼らは音楽を始めたばかりで、大先輩の目上のミュージシャンの皆さんや耳の肥えてしまった年配の音楽ファンの皆さんからすれば、この彼らのトラックやラップは未熟に聞こえるのかも知れないが、私にはエンタテイニングに聞こえた。彼らのラップの内容も、毎日の生活や心の葛藤がありのままにぶつけてあって、実際の年齢よりも中身が子供仕様な私にとっては、聴く曲すべてが共感できるものだった。当時の日本語のHIPHOPといわれるジャンルの作品は、ギャングぶったり、悪ぶって格好をつけたようなものがほとんどだったけれど、彼らは等身大の若い男性の日常の思いを書き綴っていたのも、私が大好きになった理由の一つと思う。それこそがリアルな表現だと思えた。もしも内容が幼くても、嘘もはったりもなく正直だったら、それで私にはAll RIGHTだった。それほど私は周りの人間の嘘に疲れていた。許せないし、もううんざりだった。
GENXくんの作品でも一番人気だった「愛しい人」は、終わりかけている切ない恋愛の歌で、歌の部分もラップの部分ももう彼自身と女性ボーカルとDIPくんが完成させていたけれど、CDで音を送ってもらい、新バージョンとして私(当時はまだQueenBと名乗っていた)が、元のコンセプトとは少し目線の違った新しい歌詞と追加のラップを入れさせてもらったものがあるので下のプレイヤーに入れておきます。(タイトル:ITOSHII HITO)masta.Gの提案でブルース・ハープを吹く知人も参加してもらった。「愛しい人 qb version」というタイトルで自費制作アルバム「着信拒否」に入っている。
もう一曲プレイヤーに追加した曲、「黙々-the LIVE is the LIFE-」というのは、GENXくんが企画していたラップ大会(GENXくん作のトラックに、いろんなラッパーが歌詞を乗せて楽しんでいた)で私が提出したものである。これはちょっと前まではLIVEでもやっていて、「愛しい人」と並んで20代の若い女の子を中心にとても好評だった。そうそう、このラップ大会ではSTFくんが「そこにあるもの」という作品で優勝したのが懐かしく思い出される。みんな同じトラックで違う歌詞を入れて楽しむ、こういう音の遊びに参加させてもらっていると、しんどい病気などどこかへ飛んでいくようだった。たとえそれが一時の気休めだったとしても、楽しんで集中できる目標をくれ、私が何歳かなど尋ねる事もなく遊んでくれていたことに、今もめちゃくちゃ感謝している。特にSTFくんの作品『Acceptance』は(バックトラックはアメリカ人のお友達)、私の心の闇の部分まで貫いてきた。泣くのは大きらい。特に人前ではぜったいに何があっても泣かない。簡単に泣く女の子達も大きらい。と小学校からずっと変わらずガッチリ固めた心のガードをどこをどうしたことかスッと通り抜けて入ってきた。発作があった日の夜に何度聞いたか知れないし、病気から抜け出せた今も時々聴かせてもらっている。もう泣いてないけれど、この曲は大事な曲として心に残っている。有名・無名・経験・年齢・性別などの縛りを超える歌を作ってくれたことにありがとう、と云いたい。masta.Gもこれらの曲の制作作業を思いっきり楽しんでやってくれていた。
そして、彼らとの出会いの数ヶ月後、次に私とmasta.Gが出会うことになるのは通天閣のお膝元、今や日本中の人が知ることとなった”コテコテ”という形容詞の発祥の地というべき、私の幼心のふるさと新世界に音楽スタジオ兼住居を構えるファンキーこの上ないあの人だった。彼のトラックが私達のミュージシャンとしての活動を次へのステップへと進ませてくれる事になるとはまったく分からなかったけど。
〜つづく〜
「愛しい人」のすべての歌詞は、私達のPCサイトのこのページに掲載しています。
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人を知るってのは、不思議なもんですね。
「知ってるつもり」になることが、なんだか「知ったかぶってる」と同じ感覚で悪いような気がしてたけど、
知ってるつもりになって、例えそれが誤解だろうと、別に悪いことではないような、そう思うようになった左近です。唐突すぎて意味不明かもしれませんが。
きっと受け入れてくれる相手がいるから言える、ありがたいんだ実は、と。
一方的に読ませてもらってる思想録から、歌詞とか声とか歌い方とかから、僕の中でChi-B
さん像を作ってますけど、まだまだまだまだ知らないことがいっぱいあって(当たり前だけど)、前までは、「じゃあ一生人を理解することなんて無理じゃない」と悲観的になっていたのだけど、知らないことがあってもい〜んだ♪って、ホントうまく言葉にできないですが、きっとその言葉にできないものが歌声だったり歌い方だったりに表れているのかなと。
分かりにくくてすいませんw
出会えて良かったです!って言いたいんですw
人との出会いはMAGICALですネ。このカテゴリーのタイトルにある「My ミュージック=Music+Magic」のMagicの部分は、まさしくその”人との出会い”(良いものも悪いものも両方)が私の音楽を形作っていってくれたことを現したくて名づけました。(それと、MusicとMagicの語尾の発音の違いも混ぜこぜて…カタカナにしたら同じ”ジック”だけど、二つの単語を一つにしているのです。ややこしい?)同じ私でも、対する人によって様々に変化しているようにも思います。人間の心は複雑ですよね。特に私は”難しいひねくれもん”らしいです。according to masta.G...lol
Acceptanceだけじゃなく、STFくんの他の作品の中にも私にCLUEを与えてくれた曲がいっぱいあります。全部といってもいいかもしれません。Optimistic Life Styleを聴くとオモイッキシがんばれる気になるし!いつも見ててくれてありがとうね。音楽でもコミュニケーションしてくれてありがとうね。友だちで居てくれて嬉しいです。今は仕事が忙しいんじゃないですか?たいへんでしょうが、身体を壊さないように。またね〜! I treasure your brothership. It's nothing but a truth, so please feel me on this.
あまり言語化すると、垢がついてしまうのでw
今は仕事、忙しそうでそうでもないです。ただ、受験しようと思いまして、そのための論文提出期限が明日です。
さっきプリントアウトしました。ドキドキ。読み返してみると穴だらけ。うーん。うふふーん。
気遣ってくれてありがとうございます。Bさんも無理せずに♪
ではでは。