2009年07月29日

芸能人は芸が命、歯じゃなく。


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まだまだ梅雨の明けないケッタイな夏模様ですが、元気にしております。子供達はもう休みに入って、うらやましいくらいコンガリと小麦色に日焼けしてますね〜。そうそう、それでこそ夏!そんなに紫外線を避けないでいいと思うよ。真っ黒に日焼けした90歳超える元気なお年寄りも居られるじゃないですか。砂浜でダラダラと汗をかきながら無理に日焼けするのも滑稽、そして、日焼けを極端に恐れて長い手袋にデカイひさしの帽子(あれはヘルメットか?笑)とサングラスと黒タイツを身に着けてる最近の人たちも滑稽。普通でいいやんか。

テレビに出てる芸能人の歯が、みんな真っ白で気持ち悪いです。ここまでくると不自然すぎる。まるで口に白いマニキュアを塗った爪でも貼り付けてるようです。そんなこと大事か?清潔だったらええんじゃないの?その考え方は、昔に黒人が黒いことを悪いことだ、汚いことだと思い込まされて、恥じて、白人のように髪を金髪に染めて真っ直ぐに引き伸ばそうとして無理していた頃のメンタリティーか?違うかもしれんけど、ちょっと黄色っぽいのは自然な色です。汚れではなく、生まれついての色なら、それを恥ずかしがることも、汚いと思って笑われる‥なんて思い悩むこともない。(そんなちっぽけな部分で人を判断してる奴なんてほっとけ〜♪)大事なことはもっと他にあるし、磨かないとならないことは山ほどあると思うけどね。

Black is beautiful!(黒いことは美しいことなんだ。)と、黒人さんたちが自己解放を始めたように、東洋の私達も、誇れる自分自身でありたいものです。「自分大好き」というのが、嘲笑の対象になることが、私は日本で最も気に入らないことのひとつなんであります。ゆがんだ自己愛とは月とスッポンの、I LOVE MYSELF!を堂々と言えるような世の中が来て欲しい。自分を解放すれば、人をいじめない。人をさげすまない。人と自分を比べたりしない。岡部さんも、それを言いたかったと思うのです。がんばろーぜ。


何より、健康で安全で思い出深い夏をお祈りしております。PEACE。
8月14日(金)アメリカ村サンホールのLIVEに来てね。




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2009年07月24日

野菜がおいしい!


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いやいや、暑いですねぇ〜。でも夏が好きな私なので、文句は言っちゃいけないんです。お肌カサカサで、寒さで身も固くなる冬よりも、やっぱりこの開放的な明るさのある季節のほうがうんと好きです。そして、最近もっぱら野菜がおいしいと思えてきて、お肉よりも果物よりも野菜だ!とスーパーで野菜コーナーの前にいる時間が増えてきました。(果物は食べ過ぎると案外太るんじゃないかと思います。毎朝毎晩スイカやメロンを食べ続けてニキビが増えた友達もいるし。)アメリカのスーパー・マーケットに行くと、野菜コーナーの多彩ぶりに驚きます。名前もわからない種類の野菜がそれはそれはいっぱい売られていて。今度もし渡米する機会があったら果敢に挑戦して制覇してみたいものです。野菜以外の売り場もめちゃくちゃ種類が多くて、アメリカのスーパーはWonderlandのようです。ついつい買いすぎるので用心が必要になってきます。

今夜のメニューはズッキーニを使いました。これまで何度か食べたことはあっても、自分で積極的に調理したのは初めてでした。定番なのかな?ナスビやタマネギなんかとOlive Oilで炒めたものを、トマトの缶詰+コンソメで煮込んで塩コショウで味を調えて。。。というイタリア〜ンなアレです。とっても簡単だし、肉を使わないので後味すっきりです。そして、最近の私が最もぞっこんなのが”しし唐”。あれは美味しい。どうやっても美味なこと間違いなし!という感じ。揚げさんと甘辛く炊いたり、豚肉と炒めたり、素揚げにしたり、そのまま網の上で少しコゲるくらいに焼いて鰹節を乗せ、ゆらゆらしてるところに醤油をはらりとかけたり。暑さにまいってる胃腸に、ちょっと苦い独特の刺激が心地よくて大好き。今日も袋に満杯のを買ってきました。

夏の暑さは夏野菜のCoolなエネルギーで乗り越えよう、と思います。もうアイスクリームやコーヒー・ゼリーは卒業かな。いや、無理かな〜?アイスクリームを我慢する私なりの方法は、「これは脂肪の塊に砂糖をたんこ盛入れてるだけ〜〜!」と自分に言い聞かせ、肉の真っ白な脂身の部分をしかと想像して、それに砂糖をつけて口に入れているグロい絵を思い浮かべ、無理やりに気分悪くなるようにすることです。あせあせ(飛び散る汗)これくらいハードな想像でもしないと、ソフトクリームとか生クリームを食べたくなるのを耐えられないです。お姉さんは疲れとんのよ!(笑)”お姉さん”に言及しないように、ヨロシクどうぞ。

簡単で安価な野菜料理をみつけて、健康的に別嬪さんの夏を過ごそう。皆さんもお元気で楽しい一日を。



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2009年07月21日

梅雨明け間近の大阪より


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毎晩、思いっきり寝苦しい暑さに加えて雷とともにたくさんの雨が降って、街中が湿気満杯な大阪ですが、元気でやっております。子供の頃から、雷が鳴るたびに、雲の上の世界で神さん達がボーリングをしてる、と想像していました。そこはかとなく、あれはボーリング場の音と似てるよね。笑 でも、あのビシっと空気を割って襲ってくるような近い雷にはいつまでたっても慣れません。怖すぎる‥。昔は夏休みが始まる頃まで梅雨が長引くなんてなかったと思うのに、最近はなんだかお天気さえも勝手が違うようです。

父もまぁまぁ調子が良くなってきたので、一旦退院の運びとなります。うれしいことです!毎日のように病院に通っていると、闘病中の皆さんの大変さが伝わってきます。ただただ天井を見つめて耐えている方や、じーっと壁を見つめて横になっておられる姿を見ていると、その人の子供時代のことを私は思い巡らします。元気で無邪気に町や原っぱを走り回っていた子供達は、うんと働いて頑張ってきて、何十年後かに今こうして身体のどこかを壊してしまい、同じ着物(高齢者が多いのでパジャマでなく、着物型の寝巻きの人がほとんどで)を着て、オムツをつけられ、まるで修行僧のように黙って絶えておられるように見えます。昨今は付き添いさんなどは一切おらず、週末であっても訪れる家族もほとんどなく、それが最近の病院の規則なのか花も飾られず、殺風景で静かな部屋の中、何を思われているのか‥。元気であることの大切さをシミジミと感じさせてもらう日々でした。あちらこちらと自由に動いて好きなことをやれる時間は短い、もっと大切に味わうべきですよ、と暗黙のうちに語りかけられているような気さえしてきます。

母や父と三人で一緒に暮らしていられたつい最近までは、よくmasta.Gさんに「ええなぁ。ジブン、幸せな奴っちゃなぁ〜。うらやましいわ。」と言われたものでした。それは何十年と続いた普通の風景なので、安心こそあれ、改めて嬉しいとか思わなかったので、「まぁ楽しいですけどネ。けども、そんなにいいですか?」と聞いたら、「それはな、仏さんと一緒に暮らしてるのと同じなんやで。」と言っておられました。少しの間をおいて暫し思いふけってみれば、そうだ!その通りだ!と分かってからというもの、できる限り目線を合わせて話をして、何かあるごとに身体に触れてみようとしてきたし、これからも機会あれば見逃さずそうしたいと思います。生きているうちに、たくさんの思い出をつくって、頭にある思いを声に出して話してもらいたいですよね。亡くなってしまってから(縁起でもない!と言わないでネ。大事なお話だからわざと書きます。)、仏壇に語りかけても、もう声は聞こえないから、生きているうちに、うんと濃くお付き合いをして頂きたい!何処かに旅しなくても、思い出はたくさん作れるもんねぇ。

なんだか今日の大阪の空のように湿っぽい?いや、そんなつもりはまったく無いんですヨ。どうしても時は矢のごとく過ぎていくから、大事な人たちと、大事な時間を、たっぷり楽しんで過ごして生きて頂きたいと思った次第です。もうすぐ梅雨も明けるでしょう。今年の夏が、皆さんにとって思い出深い夏になりますように。いいことたくさんありますように。ではまた。(^0^)あ、そうそう!8月14日(金)はアメリカ村サンホールにてLIVEイベントに出演します。詳細は近日発表いたしますので、出来ることならぜひ、この日の予定を空けて待っててくださいね。


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2009年07月19日

第十九話 金色の月vs.着信拒否



My ”ミュージック”=MUSIC+MAGIC

このカテゴリーに書くことは、私の音楽の道の記録であります。

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電話をかけるということが、今よりももっと重大な切実な意味を持っていたころに生まれ育った私にとって、”知り合いからかかってきた電話に、わかっていて出ない”などという行為は、とんでもなく背信的に感じる。いくら言葉で取り繕うが、結局その行為が意味するのは、「あなたの話など、聞きたくない。聞く耳持ちません。関係を絶ちたいのです。」という暗黙の返答である。それでも昔は電話に出た。もちろん、相手が誰なのかわからないからもあるだろうけど。電話は大切な知らせをもたらす機械だった。たとえば、相手が誰で、用件がおそらくは聞きたくない内容のものだと予測できたとしても、よっぽどのこと(身に及ぶ危険を感じる場合など)でない限り、正々堂々と、または嫌々ながらも、電話に出て、その思いを相手に伝えることを誰もがしていたと記憶している。事情が変わったのはいつからだろうか。まずは、留守番電話なるものが世に登場した。それを使って、相手の声は確認しつつも自分側は居留守を使う、という行動がだんだんと一般に定着してきたと思う。”ポケベル”なるものの流行を通り抜けて、ついにこの世の中は携帯電話を生み出した。その機能のひとつにあったのが、”着信拒否”。親密なコミュニケーションをするために手に入れたはずの機械で、自動的にコミュニケーションを一方的に絶つという本末転倒?パラドックス?。

「着信拒否」という曲のタイトルは後日につけたものだけど、詩は前回の記事にも書いたように私たちの実体験だ。そのときに書いた手紙の文章を、KG-Kさんのトラックにのせて読んでくれ、とmasta.Gに言われたとき、私はすぐさま「嫌です。」と答えていた。今思えば、私はmasta.Gの言うことに、ことごとく反抗的だったようだ。最初の「音楽やろうよ」の誘いへの返事から始まって、いつでも「嫌です。」がまず口から出た。今思えば、なんと生意気だったことか。とにかく、そんなキツイ内容の個人的な手紙を、音に乗せていうことの意味が理解できなかったし、どんな風に読めばいいのかも、想像すらできないでいた。無知な固い頭の中で、「韻も踏んでないし、そんなのはラップじゃない。」とも思っていたかもしれない。masta.Gは言った。「今起きている本当のことを、そのまま伝えたいんや。作り事じゃないやろ。腹立ってるンちゃうんかい。俺は腹立ってるよ。こんな世の中にしやがって!それを言うんや。音に乗せて読んでくれや。」…それでも私はやらなくて、そのまま数ヶ月が流れていった。

怒りや思いをぶつけるような曲から離れたい。好きだった景色や夢みたいだった思い出を歌にして、演奏する自分自身が楽になれる歌を作りたい‥。それまでのあらゆるヘビーな人間関係が、頭の中で最悪の消化不良を起こしていた私には、それが必要だと思えていた。もうほとんど誰も現れなくなったスタジオに、一人こもってひとつの詩を書いた。初めのころにやっていたように、トラックを部屋に流して、それに乗せて歌にしてみた。誰に聞いてもらうためでもなく、自分の心を休めるための歌を。毎朝早く、発声練習をしに通ったLAのベニスビーチ、母と二人で雨宿りしたハワイのスコール、遠い昔に見たインド洋のサンセット…思いは海に、風に、外国の空に、飛んだ。その曲につけたタイトルは「金色の月(きんいろのつき)」。CD-Rに焼いて、大阪市内にある糸川さんの写真スタジオまで聞いてもらいに行った。糸川さんは、この曲をえらく気に入ってくださり、当時ちょうど撮影が終わりかけていたデジタル映画「レモン・セッケン2」に使いたいと言って下さった。多くを語ることなく、糸川さんは私の心の奥底にある気持ちを感じてくれた。「この曲ね、楽やねぇ。すごく楽や。誰も責めてない。それがいい。”終わらない時間”っていう言葉を歌ってるでしょ?僕のこの映画もね、”時間”がキーワードなんや。だからちょうどいい!」と。写真家・そして無類の音楽好き、糸川さんの洞察力はいつも鋭い。

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この「金色の月」を身体の外に出したことで、痛かった私の気持ちは少し救われた。のちのち、kazh作のこの曲のバックトラックがいかにGroovyでリズミカルなのかに遅れて気づいて、これは「楽」だなんて言ってられないぞ〜と知り、最も難しい歌のひとつになるとは分かってもいなかったのだけど。

そして、時はちょっとだけ進み、私は気持ち新たに現実に向きあえるようになってきた。棚に上げたままになっていた例のものに、私なりの落とし前をつける時が来たのだ。masta.Gが用事で外出していたときに、マイクの前に立ち、KG-Kさんのトラックに乗せてあの手紙を朗読した。「着信拒否」には英語でCall Deniedというタイトルをつけてネットでもすぐに発表した。内容のきつさに日本のリスナーの皆さんは言葉を失った。あまりにもリアルすぎて、どうにも対応できないでいるように見えた。(生涯パンク!を自認する糸川さんだけは、「名曲ができましたね!!」とmasta.Gに言っておられたそうだけど。あ、それから坂本龍一さんのRadio Sakamotoのオーディション優秀作品に選ばれたのも、この曲が最初でした。←後日追記)ところが、思わぬところから反響が来はじめた。海外、特にアメリカのAfrican-Americanのリスナーやミュージシャンである。二番目のバースが英語なのを除いて、他は日本語の、しかも手紙の朗読だったにもかかわらず、ネット・ラジオからのオファーが来たり、わざわざ感想を書き送ってくれる人が続出した。わかるのかな?という私の疑問に、masta.Gさんは自信を持って答える、「本気でやってる音楽やったら、分かるに決まってる!」私が一番うれしかった感想は、若い黒人男性が書き送ってくれた、この短い文章だった。

The shit is crazy!

ミュージシャンである私にとって、crazyは最上級の賛辞にも等しい。他にも、同じような経験があるのか「おい!電話に出ろや!」と、曲の内容にあわせて一緒に怒ってくれる人や、「日本語のラップがたまらなくいい。燃える赤のようだ。」と感想が寄せられた。とにかく、日本語のところがゾクゾクするという意見が少なからずあって、それは私には驚きだった。あんなに頑なに拒んだけれども、やってみて、これで良かったんだと思わせてもらった。もちろんKG-Kさんの大胆不敵な音作りと、masta.Gの日本語の詩が持つ過激なスピード感と、Gさん独特の分厚い音のミックス具合が、刺激物大好きな西洋の音楽ファンの耳に合ったのに違いないと思う。

まさにリアル・ストーリーなキツイ一発「着信拒否」は、誰よりも私に効能があったのか、この頃から徐々に、自分にまつわり付いて離れなかった例の気の病を越える兆しが、少しずつではあるけれども見え隠れし始める。そして、この実録シリーズも、次回あたりそろそろ”最終段階の始まり”へと向かうのである。

〜つづく〜


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2009年07月18日

I KNOW I'M ALL DAT!


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家族の中に起こる大事な出来事の、最後の決断をする年齢と立場になったのだと知った。家の外に出て暮らしていなくても、自立をする時が訪れるときが人間にはあると分かった。人生が動いていく。私のカヌーは沈まない。荷物はないし、時間制限もない。身体と心を自然にまかせ、時に乗る。ただ、信念だけはしっかと胸に抱いて。今こそ Go with the flow と心から言えることを実感して感謝。私は音楽に育てられて、生きていくのみ。まだ道の途中のこの思いを、遠くアメリカから寄せられた言葉がぐっと引きあげてくれる。


You are the Best Thing coming out of the Far East as far as I am concerned!
No disrespect to your culture--You are an amazing team!!


teamだと認識してくれるその感覚がうれしい。このすべてのchi-B&masta.Gの音楽世界の出来事は、たくさんの才能が目に見えないひとつのチームとなって可能になることを、さすがエンタテインメントとReal Musicの国のミュージシャンは感づいてくれる。ありがとう。仲間は多ければ多いほどいい。何でもいい、自分がプロフェッショナルである思う人は、どうぞいらっしゃい。一緒に何が出来るでしょうね。

音楽はすべての要素を含んだ…ONE


Sound-Combination of Digital & Analogue,
East & West, Ying & Yang.
Anti-Discriminational, Multi-Dimensional, Strictly Original,
with much respect for the awesome musicians before us.
A lifetime-work of chi-B&masta.G.

And, YOU!




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2009年07月13日

旧岡部伊都子邸は今。


Gardenia. Pictures, Images and Photos


世の中と、そして自分の中にも存在する”本質の、卑しい害ある一面”と闘う随筆家の岡部伊都子さんが亡くなられて、もう一年以上の月日が過ぎ去った。たくさんの本を読んでいるうちに、図々しいもので、まるで知っている人のように思えてきたりする。私とともに音楽をやってくれているmasta.Gの、亡くなったお父上と岡部さんが幼馴染であるので、本の中にはとても頻繁に「辻川さんとこの”カーちゃん”」が登場する。そうすると、より一層、親近感が増すのは、これ仕方ないのである。その文章からもわかるのだけど、岡部さんはそうとうに家の内外を綺麗にして住んでおられたようだ。お手伝いの方には、電話機の拭き方から何から厳しく決めて実践してもらっておられたようで、大正生まれの商家のお嬢様の気質がうかがえるのも興味深く、そして散々感心した挙句に自分のダラシナサを思い知る羽目にもなる。(苦笑)

家の中でも、大胆な生け花や水に浮かしたロウソクを楽しみ、大正・昭和・平成と長く続いた人生の中で縁があったか、また選びに選んで手に入れてこられた食器や家具を磨き大切にし、明かりや香り、部屋に聞こえる音にまで、細やかな思いをはせておられたことが、書かれた文章から手に取るようにわかる。庭のつくりも、これはNHKのETV特集「消えぬ戦世(いくさゆ)よ 〜随筆家・岡部伊都子の語りつづける沖縄〜」で岡部伊都子邸での撮影とインタビューを見たときに感心したのだけど、その侘び寂びと可憐な日本らしい美しさたるや、そうとうにオリジナリティーあふれるものだった。本の中にも庭の話はそここに出てくる。ただ綺麗に植木が刈り込まれているのではなく、野趣あふれるうっそうとした木や花は、ご自分で植え付けられたものも多くあり、門から玄関へのアプローチに真っ赤な花びらを敷きつめたり、もみじの葉を散らして、それらに水をかけてしっとりとさせたり、ドクダミの潔い白十字の花をたっぷり咲かせたり、真っ赤な和傘を置いてみたりと素晴らしく手の込んだ、そして掃除の行き届いた仕様…。きっと心地よい空間だったろうと憧れている。

大阪から神戸、そして京都の中でも場所を変え引越しを重ね重ねて、最後は出雲路の一軒家にお住まいだった。その最後の岡部伊都子邸は、今、”紫明 卯庵”という京懐石料理のお店に生まれ変わっているようだ。私にはとても似合わないような上品そうな料亭だけど、いつか入ってみたいとひそかに願ってはいる。お店のウェブ・サイトで少しだけ建物の内部が見れる。ガラス障子がモダンな新しい感覚の和風、といえばいいのか、岡部伊都子スピリットがちょっとだけ見え隠れする。正直言うと、料理屋さんにはなって欲しくなかったような気もしなくはないけれど、それは私の勝手なわがままで、この卯庵へとたくさんの方が、岡部さんを知ってか知らずか訪れ、そして気づかないうちにも心洗われるに違いないと思ってはいる。何度も言ったけれど、masta.Gさんに無理を言ってでも、ご本人と直接お逢いして話がしたかった。それだけが心残りでならない。今は岡部さんの書かれた本にある文章を通して、心と心をつなげるのみである。

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追伸:masta.Gのブログが更新されました。どうぞ読んで来て下さい。


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2009年07月12日

ラジオ-vo.1-再アップ


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そろそろ満杯になりつつあるPCのディスクを整理していたら、この”www.queenbmusic.com Radio Station”の第一回目のmp3ファイルを見つけました。これが最初のトライだったんですねー。時間のたつのが早いこと!完全に削除してしまうのも寂しいのでseesaaにアップしておこうと思いました。これまでのエントリーと順序は前後しますが、まだ聞いたことの無い皆さんへ向けて発信いたします♪ なお、これは約3年前の録音なので、中でしゃべっているLIVE情報はもう今となっては無効です。ご注意よろしく。Rapper's Delightのラップもちょっとだけやってます。自己紹介的な、ほんの短いトークですが、Please enjoy!なお、これ以外の録音、vol.2「気違いあつかいされて31年〜masta.Gのコラムより〜」と、vol.3「ヒ・カ・リ・・・」はこのカテゴリーの下にアップしてあります。そちらも、まだ聞いたことのない方はぜひどうぞ〜。

www.queenbmusic.com

Radio Station


”This is volume #1.”




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2009年07月11日

配達されたかき氷-memory lane-


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フラッシュ・バックのように、遠い昔のことをふと思い出すたび綴るMemory Lane(思い出の小径)シリーズを久しぶりに書きます。

父のいる病院への道のりは、陰のない炎天下。アスファルトからの照り返しと車の排気ガスで息苦しい徒歩。先日、真昼の太陽の下、あまりの熱光線に負けそうになり、「よし!かき氷を食べよう!」と決心して、一人で馴染みもない喫茶店へ入ってみました。かき氷なんて、もう十何年食べていなかったのですが、今は高くなったんですね。一杯500円のミルク(私は練乳が大好物なので♪)を注文しました。シャクシャクと氷を崩しながら食べているとき、ある大昔の出来事を思い出しました。

それはまだ、ミゾレやレモンにイチゴは一杯が60円。ちょっと贅沢なミルクが100円だったころのお話です。当時、大阪市阿倍野区にあった私の家から歩いて10分〜15分くらいの場所に、更科(さらしな)という名前のうどん屋さんがあり、よく家族でお昼ご飯などを食べに行っておりました。そこでは、夏になると、心誘う”氷”の旗がヒラヒラとかけられて、母や祖母にせがんでは食べさせてもらったものでした。今よりも、もっともっと大盛りだったように感じるのは、私の身体が小さかったからでしょうか。途中まで削っては、「パンパン」と手のひらで固めて蜜をかけ、そしてまた氷が乗せられて、またパンパン…蜜…氷…パンパン…をオジちゃんは繰り返して、しまいに富士山のようにきれいな山になったところに、とろりとした練乳をかけてくれる。その甘く冷たい魅力に私はぞっこんでした。

ある暑い夏の昼過ぎ、母から留守番をたのまれた私。たぶん幼稚園児だったか、小学校1年生くらいだったと思いますが、ふと「かき氷が食べたい。」と思い至り、いつも母がうどん屋さんに電話で出前を頼んでいたことを思い出しました。電話なんて、子供がかけることは許されなかった時代でしたが、留守番をしているから大人みたいにしてもイイだろう、と勝手な理屈を思いつき(笑)、電話帳を開いてかけました。「もしもし。○山通の長谷川です。」「まいど!(店の人)」「ミゾレのかき氷をヒトツ、持ってきて下さい。」「えっ?かき氷?!・・・・ヒトツ?」…しばしの沈黙の後、「すぐ行きますから、お嬢ちゃんね、家の表に出て待っててね。」との返事。貯金箱から出した60円を握り締めて待つこと数分。自転車に乗ったオジちゃんがやってきて、オカモチから私の注文したカキ氷を出してくれる。「こぼさんようにそーっと持って、玄関に置き。」と言ってから、「あのねぇ、カキ氷の出前はもう言わんといてな。今日だけやで。」とお説教されて、60円を渡したら、「おおきに!ほな、溶けるからはよ食べ。」と言って、オジちゃんは帰っていきました。

「もう言わんといて。」と言われた理由がもうひとつ理解できなくて、「注文したからお客さんやのに、なんで叱られるんや…。」と、ちょっと悔しいキュンとする胸の痛みを覚えつつ、玄関の上り框(あがり・がまち)に腰掛けながら、溶け出したカキ氷を食べた自分の幼さと、それでも持ってきてくれた今は閉店してしまった更科の、やさしいオジちゃんにMemory Laneでまた出会った、2009年梅雨の晴れ間のひと時でした。もうすぐ梅雨明け、暑い夏の本番がやってきます。皆さん、お身体大切に。また覗きに来て下さい。PEACE!

chi-B&masta.Gのマイスペースで”Osaka”でも聞いて行って下さい♪


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2009年07月09日

”笑い”は絶対にバイタリティーの源


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しばしのご無沙汰でした。覗きに来てくれていた皆さん、お久しぶりですm(_ _)m なんとも気の遠くなるような、し〜んどいパソコンの修復作業に追われていた日々ですが、こうしてまた何とかちょっとずつ復活を遂げつつあります。(ほんまかな?また壊れそうな予感もしつつ…まぁ、今日のところはヨシとしようではありませんか。)何度でもかかって来い!というか、もうね、生きてる中で、力む・凹む・うらむ・ねたむ・悩む・なんていうことからは、完全に近いくらい解放されたいんですよね。そんなん、しんどいやんか。

夜中、しんとした闇の中でふと、決して起こってほしくないことを思い浮かべてしまうことありませんか?私はごくたま〜にあります。両親のことやら、お財布事情のことやら、ね。普段思わないくらい怖いことが急に束になってやってきて、「ほれほれ、悪い想像をしろ〜。ほら、しろ〜。」(そんなこと言わないか。笑)でも、体調の悪いときには、まるでそう言うかのように、浮かんでくるってことを知ってる人もいらっしゃるでしょう。子供のころは、お化けとか金縛りとかが怖かったけども、今はそんなものよりも現実のほうがよっぽど怖いと思うようになったりして。そんな時、一番役に立ってくれるものは、私の場合は”笑い”です。おもろかったことを思い出すねん。

去年、masta.Gと一緒にEgo-wrappin'さんのLIVEを見学に行ったのですが、その日がすごい暑い日で。野外だったので、見てる間も汗だく。日が暮れかかる夕方、LIVEが終わってから人波に乗って会場の外へ。お腹がすいたので、最初に見つけた洋食屋さんへ行きました。店の中はたくさんの人で、皆さん「今夜のメニューは洋食!揚げ物万歳!」と決心された人たち。長い待ち時間の間に、masta.Gが汗でびしょびしょになったハンカチをrestroomで洗って、椅子の背もたれにかけて乾かしてる。真上からはクーラーの涼しい風がまっすぐに吹き降ろして…。食事が終わって店を出て、またもやモワ〜っとした熱気の中を帰る道すがら、すぐまた出てきた汗をぬぐおうとしてたmasta.Gさん。ものすごい嫌な顔になって、「うわっ、ハンカチ、油クサッ!」。そう、クーラーからは店内に充満する油の匂いがまとめて噴出していたのでしょう。(自分たちが食べてるときは、それほどとはわからなかったけど。)油臭くても、出てくる汗は拭きたいGさんは我慢してまた拭いて。。。



「ぅぅぅ、もうアカン!(怒)」



「トンカツで顔ふいてるみたいや。」



これを思い出すと、どんな怖い想像もふっとんで、私は夜中のベッドの中で、がさがさのパン粉の脂っこいトンカツ(のようなハンカチ)で顔を拭いているGさんを思い、”ククク笑い”が浮かぶわけです。こうなったらもう大丈夫やねん。悪い想像もみんな吹っ飛ぶよ。ホント。私の駄文のせいで想像しにくい人は、トンカツで顔を拭いてみて下さい。(うそうそ)

例のパニック障害のようだった一時期も、最後あたりにはこの笑いのパワーで乗り越えました。むちゃくちゃデカイ声のくしゃみをするねん。ちょうど花粉症気味の私なので、鼻のあたりをムズムズっと抑えると簡単にくしゃみが出せることを気づいて、あやうく症状がでかけると、それをやってくしゃみを誘発。しかも、この時だけは、どこのオッサンやねん?と言われそうなくらい、おもいっきしイキます!(自慢することか?)すると、横隔膜もぐわん!と動くからか、息が楽になって、しかもその後にやってくる自分への可笑しさ。これが、息苦しく倒れそうな怖い感覚と気弱さを地球の果てまで蹴り飛ばしてくれたものです。

思えば、私は笑いあればこそ元気でおれるんだろうなぁ。大阪生まれ・大阪育ちの私だけなのかな?他の地方に長く住んだことはないので、真偽のほどはわかりませんが、そんなことはないと思うねんけど。同じ人間やもんね。この前のライブでも、中高年の皆さんにマイクを握って話しかけた記憶があります。「大阪には笑いのパワーがあるやんか!だから、大丈夫やねん。笑って生きていったらええねん!」なんて。それを、笑って大きくうなづきながら聞いてくれてはったお客さんの顔が思い出されて来ました。先月お亡くなりになったtorigenさんの十八番は「わはは」。電話で話してたとき言うてはりました。「俺な、人生でどうしようもない状態になったら、いつでも思いっきり大笑いしたんねん。笑いとばすんや。」…さすが気の合う仲間ってことですかね。京都の人もそうなんだから、もう日本全国そう違う?ははは!

笑え、ニッポンよ!


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2009年07月04日

7月になりました。


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6月は大事な仲間が亡くなったり、父が急に入院したりと、頭の中を嵐がびゅ〜びゅ〜といくつも通っていったみたいで、時間が飛ぶように過ぎ、カレンダーを見たり人に聞いたりしないと曜日や日付などがわからなくなるような感覚に何度も見舞われましたが、いよいよ私の好きな夏本番へ向けてのカウント・ダウンが始まる7月に突入しました。

今日の様子では、父の退院も間近な気がします。心が安らか=安心、というのをジワ〜っと体感しています。こうなるときに分かるのは、生きている間はずっと心は身体とひとつという事実です。だって安心を全身で感じている自分が居るのだから。(生きてるときのことしか、私には分からないのである!)小学生の頃だったか、「心」っていうもんはどこにあるんやろう?と悩んだものです。いろんな事はすべて脳ミソで考えるのだから、頭にあるんか?それとも、ドキドキしたり苦しくなるから、胸の辺りにあるんか??子供の頭は疑問符でいっぱい。それは、宇宙はどこまであるのか。宇宙の外側の外側のまた外側は…終わりはないの?どうなってるの??という問いに並んで、まったく分からないのに、いつも気になっていた疑問でした。この世の中、まだまだ不思議は多いです。

次回のLIVEに向けて構想を練りながら、音楽三昧の日々が延々と続いています。エンドレスとも思える道のりで、明日も歩いたり、休憩したり、おやつを食べたり…。梅雨もあとチョットで明けることでしょう。7月もどうぞよろしく♪身体に包まれた心なのか、心に包まれたこの身なのか。。。生きている間は確実にひとつなのに、まだ分けようとして疑問に思う、こんな自分を「あほやなぁ…。」と少し笑っている私です。




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2009年07月01日

上岡龍太郎さんがスキ♪


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今日は一日かけて大阪各地の濃い男性陣にあってきてクタクタです。(笑)masta.Gさんと合流し→アメリカ村のライブハウスの足立さん→江戸堀の写真家・糸川さん→(休息タイム@masta.Gさんのご実家)→ミュージシャン仲間…いや〜、ほんとに濃い。皆さん個性的で何よりもおもしろい感性の持ち主ばかり。なので、クタクタです。(何回も云わなくてよろしい!)

昨日の夜に見たテレビで、上岡龍太郎さんは、引退してしまった今でも、あいかわらず理屈が通らないと思うと声に出して相手を怒る時もあって、そうそう円くなってないと知って、私はひじょ〜に嬉しいです。スキなんです、あのイケズか?と思うほどの、相手が誰であろうと考えをぶつけていく正直な怒りぶり、毒舌的でも笑いある口上スタイル。いつまでも元気でいて欲しいと、テレビで見かけなくなった今でも、恋しさに似た感覚をもって思い出しています。アメリカLAのレンタル・ビデオ店で、毎週借りる「鶴瓶・上岡 パペポTV」の録画ビデオは、大阪から遠く離れた洒落たハリウッドでも、だから余計に?、めちゃくちゃおもしろかったし、怒る姿も頼もしかったですから。あれがあって、Funky-Osakan-JAPの精神を再確認していた私です。半笑い&半怒りな、大阪の「おい、こら、待たんかい。なめとんか?ええか、よう聞けよ(リズミカルに由緒正しく畳み掛けるような、厳しくも楽しいお説教はじまる)……。」が最高に私には壺。(笑)

前のポストで話しかけていたタクシー・ドライバーの話を、masta.Gがブログ記事に盛り込んでくれたので、そちらに飛んで下さいな。よろしくお願い致します。クリックで飛びます。






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posted by chi-B at 02:22| 大阪 ☁| Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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