2008年04月30日

いってらっしゃい、岡部伊都子さん。


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戦争が始まる前の、大阪の船場の商家に生まれたかわいらしいお嬢さん。お向かいの辻川さんの元春坊ちゃんと同い年。手をつないで幼稚園に通っていた。二人とも胸が悪くて、あちこち転地療養をしながら、賢いお母さん方にそれぞれ守られて、立派にまっすぐに成長なさった。病弱で、学校にはほとんど行かず、お布団の中で本をたくさん読んで教養をつけていったお嬢さん。岡部伊都子さん。

そして戦争が、お嬢さんの人生を大きく変える。

大好きなお兄さんのお友達に見初められ、お嬢さんもその人を愛するようになり婚約。二人きりで会ったのはたった一度、お嬢さんの部屋で、婚約者の出征迫るひと時だけ。「僕はこの戦争は間違ってると思う。天皇のためには死にたくない。」といった彼の言葉を受け入れられなかった軍国少女は、「わたしなら、喜んで死ぬわ。」と答えた。まだ幼いお嬢さんの頭には、それが正しいと思われていたから、旗をふって出征兵士を送り出した。そのことが、お嬢さんの心を一生涯責め立て続ける。

婚約者は、沖縄戦で両足を吹き飛ばされて、ピストルで自決。

お父さんの勧める縁談で一度別の方と結婚をしたけれども、胸の病気とだんな様の浮気癖、そして,何よりもお父さんが亡くなられて後の実家の倒産で、家に帰される。それでも、喜んで帰ってきたというお嬢さん。それからも身体をあちこち蝕まれながら、お父さん亡き後のお母さんを食べさせるために、随筆家となり本やラジオ放送の原稿を書いて家を支えるようになる。

お嬢さんは、自らを”加害の女”とし、その後の人生を、反戦と、すべての差別撤廃にかけて、ペン一本で声を発し続けた。講演会でも、同じ話を繰り返した。沖縄の苦しみを知って、デモにも出かけた。大阪、神戸、そして京都と移り住み、お母さんが亡くなった後、京都に一人住い。いつでも花を生け、そうじを行き届かせて、綺麗な綺麗な佇まいを決して崩さない人であった。

沖縄問題、人種差別、ハンセン病のこと、あらゆる理不尽な事についての本を書き抗議した。男性には、あなたは女性差別をしたことがないと言い切れますか?と面と向かって問いかけるナイフのような人。かわいらしい病弱なお嬢さんは、いつしか厳しい女性になっていた。「言いたいこと云いのオバンでございます。」そう自分で云いながら。新しい本が出版されるたびに、幼馴染のカーちゃん(辻川元春坊ちゃん)に必ず送っていた律儀な人。

そのカーちゃんが数年前に亡くなり、電話口では泣いてお話もできなくなっておられたと聞きます。それから出版された最後の本「遺言のつもりで」。もうご自分ではペンを持てなく、語り下ろしとなったあの本は、「ああ、これでこの人はもう書かないんだな。」と読者にハッキリ分かる本を通じてのお別れでしたね。

そして昨日の早朝ついに命を全うされたと新聞で知りました。

いってらっしゃい、岡部さん。そちらはいいでしょうねぇ。
婚約者の木村さんがいて、大好きなお兄ちゃん、やさしいお母さん、お父さん(もう許してあげてくださいな。)、そしてお向かいに住んでいた辻川さんのお母さんとお父さん、幼馴染のカーちゃんが居るでしょう。

ありがとう岡部さん。あなたの本ほど私の内側を揺さぶった本はありませんでした。あなたのいう、「自己の解放」は、ラスタの教えとも重なって、こんなスゴイ人が実は身近にいる!ということがショックであり喜びでした。日本の大正生まれの女性で、ここまでハッキリした本当の意味でのSelf-Liberationを信念として持っている人を知りません。辻川さんの御宅に送っておられた本、ぜんぶ読むまでまだかかります。一行ごとのしあわせです。

大阪の気質を持った大阪のこども達が逝く。
1月におくったOsakaのCDはお耳に届いただろうか。
岡部さんたちの歌ですよ。


Flying away



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2008年04月29日

新星堂インストアLIVEはもうすぐ♪


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いよいよゴールデンウィークですか!いいねぇ、どこかへ遊びにいける人。また楽しい話なども聞かせて下さい。私はといえば、いつも音楽で異空間に旅してるので、もう満足です。(強がりか…w)chi-B&masta.Gの新星堂インストア・ライブも迫ってきました。今日もリハーサルをしてきました。たくさん宣伝して、いっぱい集まって頂きたいところです。で、バンバンとCDが売れて…となればいいなぁ。。。なんて思いながら帰ってきました。

きのうチョットお話したっけ?あ、一昨日の記事かな。新聞の折り込みチラシのこと。PCが直ったのでスキャナーで画像化してみました。ちょっとお手間ですが、クリックして見て行って下さいな。輝かしい”ウルトラマン”の真下です。いいっしょ?生きててウルトラマンと並んで載ることがあるなんて、子供の頃には想像もしませんでしたゎ。なんか誇らしげにも見える私達の雄姿。ふふ。下半分が切られてしまっているとは言え、さすが糸川さんの写真はキリリとしてます!(言い切って。)

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クリックで拡大できます。


この新星堂では、子供の頃からいろんなレコードを買いました。特にジャズとかラテンとかボサノバとか、そういう大人の音楽のようなものに手を出し始めた頃には、ここに休みのたびに通いつめていました。ま、積もる話はまた終わってからという事で、今はただただ無心に音を届けることに専念していようと思います。

あ、masta.Gのブログが更新されています。今回は文章よりも、写真とお手紙です。「黄昏incomplete偲び草」を聞いて下さった皆さんなら、きっと分かってくださると思います。この手紙はGさんの従姉妹からのもので、子供の頃には古市という田舎で一緒に、または別々に、遊んだ人だそうです。今は遠い所に住んでおられますが、先日『Osaka』を聞いて下さって手紙を送ってこられました。やっぱり7曲中、思い出が蘇ったのが「黄昏…」だったようです。この従姉妹の方は女二人の姉妹でしたが、お姉さんが早くに亡くなられているので、余計に懐かしい、切ない思いを抱かれたのだと思います。ま、どうぞ読んでみて下さいな。イチゴ畑でハニカむ、かわいらしいGさんの幼少の写真も一緒にアップしておきました。


安全で健康な、楽しいゴールデン・ウィークをお過ごし下さい。PEACE。

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p.s.,マイスペースに新曲のデモversionsを二曲アップしています。
♪Super Love♪Satisfaction Guaranteed
http://myspace.com/chibmastag


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posted by chi-B at 02:30| 大阪 | Comment(4) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月27日

PC修理完了〜YEAH!

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やっと帰ってきましたマイ・パソコン。今度はちゃんと動き続けるのか…それは使ってみないとわかりませんが、とりあえず退院してきました。お世話をかけてしまった皆さん、ありがとうございました。とっても助かりました。さぁて、溜まりに溜まったアレコレを今夜からさっそく。にこ。

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posted by chi-B at 13:58| 大阪 ☀| Comment(8) | 超独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インストアLIVE@新星堂


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FUZZのライブに来て下さった皆さん、来られなくてもエールを送って下さっていた皆さん、ありがとうございました。子供の頃の同級生が来てくれたり、先日番組収録に呼んで下さったUSENの方が見に来てくれてはったりと、うれしい一夜となりました。あ、USENの放送は28日から一週間です。前の記事を参照して下さい。インディーズチャンネルの中の番組です。カミカムチャット。

さて、次回のライブは、なんと!無料!!です。ぜひ遊びに来てね。

★新星堂インストアライブ by chi-B&masta.G★

日 時:5月5日(こどもの日、月曜日)午後2時より

場 所:新星堂 藤井寺店 イオンモール4階(旧ジャスコ)

アクセス:近鉄南大阪線 藤井寺駅北出口より徒歩。近くです。

25日の朝刊に、イオンモールの広告が入っていたのですが、その紙面で、私達の写真が掲載されて宣伝してもらっていました。お〜、新聞折り込み広告は初体験!のわたしです。大事にとっとこうかしらん?前日かに行われる予定のウルトラマンのショウの宣伝に並んでて、なんか楽しいです。ずっと前に、天保山まつりに呼んでもらった時も、ゴレンジャーだったかのショウの人たちの次でした。子供らがいっぱいで、しかも控えのテントの中、私は独り、ゴレンジャー(の扮装をした)さん達と黙って座ってるという、楽しい状況も体験した事を思い出しました。私も含めて?ヒーロー勢ぞろいやん!笑 あ、女だからヒロイン?意味がかわってくる気もしないでもないですが。ま、いいや。

この広告を見て、たくさんの人が「どれどれ?どんなんやろ?」と詰めかけて下さると良いなと、想像して喜んでいますが。さて、音。PA機材などまったく無いという”ひえ〜”となる状況下での葛藤が続いています。今回はmasta.GしかPAをやる人間がおりませんので、ミュージシャンと二足のわらじ。当日、ちゃんと音がなりますように、と私も手伝いながら天に祈りを捧げる今日この頃です。簡単な、寄せ集めの機械やスピーカーしかないのですが、万障乗り越えて!!きっとうまくいきますよね。うん。

では、どうぞ楽しい平和な日曜日をお過ごし下さい。ごゆっくり♪

chi-B&masta.G's musicはこちらで聴けます。
     http://myspace.com/chibmastag



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posted by chi-B at 02:56| 大阪 ☀| Comment(0) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

楽しい毎日でR


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今夜は、♪雨ふりお月さん雲の影〜♪ですね。大阪はぬくい夜です。(ぬくい、ってわかりますか?なまぬるい感じです。大阪弁。)先日からもう蚊が出て、寝た時に刺されて、あわてて蚊取りマットをもうセットしています。回る回る地球は回ってます。金曜日にライヴを控えた私を悩ませた風邪の熱はすっかり去り、またしても私の唇に”ネツノハナ”的herpesを二三残して行きましたが、そんなことにメゲルこの私ではない!(誰に向かってゆってるんや?いえ、herpes野郎にです。)西洋内服薬は、劇的な速効性を誇るものの、少量ですぐに副作用が起こるのをどないかしないと。そこを開発するべくがんばって下さいね〜。製薬会社研究者各位、どうか一つよろしくお願いします。けど、ここを見てくれてるかな?

昨日来、うれしいお知らせを頂いています。どうやら、関西のAMラジオ局の番組に出演させてもらえるみたいです。うれしいな〜。ラジオで育った私としては、やっぱりまずはラジオに出たい。テレビも表情や動きが見れるので良いのですが、音だけの世界であるラジオの良さはまたこれ格別です。想像する余地が有るのが。う〜ん、映画を見るのと本を読むのとの違いくらい大きいでしょうかね。どちらも好きなんだけど。ま、詳しく決まったらすぐにお知らせしますね。ライヴ演奏かな、トークかな、と楽しみにしています。今はもうテレビにもラジオにも出なくなってしまった、私の大好きな"芸は一流、人気は二流、ギャラは三流、恵まれない天才"上岡龍太郎さんが、一度テレビでスタジオに座ってるお客さんが爆笑しているのを見ながら、自分も笑いながら、こう云ったのでした。

「君ら楽しそうに笑ろてるけどね、こっち側に来てみ、
 
 こっちがわの方が、そら〜うんと面白いよ〜。(笑)」

私はこの何気ない、けど上岡さんにすればおそらく素直に正直に出たんであろう言葉を真っ向から受け止めて、忘れられなくなって、何年もずっと覚えてて、突然変異かのように音楽をやり始めたのも、これが少々関わってるような気がする時があります。

そして、もちろん!聞いてくれる側の方々も居ての音楽であって、その方達は、日頃いろんな仕事や人間関係のなかで一所懸命に生きて、家族との時間を育んではる。それに絶対の尊敬をもってます。その貴重な時間をさいてライヴハウスに足を運んで下さる方にもBIG THANXとLOVEを感じます。それと同時に、前にも書いたかも知れませんが、あらゆる世代のいろんな国のたくさんのEveryday-Peopleに聞いてもらいたい気持ちがあります。広く大きく考えて、ふだん音楽をわざわざ聞きに行かないような状況で生活している方々、パソコンなんか見る事もないような年齢の方々、そこにも届けたい思いがあります。だからラジオがありがたいのです。内職しながら、一人で遅い夕御飯を食べながら、もしかしたら長距離トラックを運転しながら、聞いてくれてはったらな〜と夢広がります。さて、どんな番組なのか、楽しみな事です。

随分前にみた、我が私淑する(この難しいが適格な言葉は今はネット活動休憩中のBROTHER IKEGAMIの言葉から覚えました。ふふ。)PRINCEのライブ映像を見た時に、ふつうのミュージシャンなら絶対に許さない演奏中の客の携帯電話を、「みんな、Cell Phoneを取り出せ!」と煽り、何かの聞き間違いか?もしかして怒られるんか??捨てられるんか???と演奏にあわせて踊り狂いながらも、え?とキョロキョロするファンに、「いいから!携帯電話を出して、高くかかげろ。友だちに今すぐ電話しろ。かまわない。気にしないから。俺らがどんなにファンキーにプレイして遊んでるか繋ぎっぱなしにして聞かせてやれ〜!!!!」といったのを思い出します。あんなところも大好き。Youtubeから映像を下ろさせたり、いろいろと著作権関係にはかなり厳しい彼ですが、ちゃんと自分がOKを出す瞬間も、このようにあるのであります。NICE!

さて、話題がそれ始めたのでそろそろ御仕舞いにしましょう。金曜日は堺FUZZにて、お会いしましょう。Come rain, or come shine...Bring your body and soul, and we'll be just fine...。


黒ハート


chi-B&masta.G's Music http://myspace.com/chibmastag


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posted by chi-B at 00:48| 大阪 ☔| Comment(6) | 超独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月23日

FUZZのライブ&スイカの記憶。


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春爛漫〜ENJOYしてますか?!私はといえばひきかけた風邪も1.5日でふっとばして、LIVEへの道をひたひたひた〜っと歩んでおります。^^ 月曜日の朝方から、ひさびさの40度近い熱で、ふらら〜、ふらら〜っとかかりつけの町の医院へ行って、問診などの後、「点滴お願いしますぅ。」という、私にしては珍しい自己申告・リクエストをしてベッドに横になってぼーぉっとした頭で周りを見回すと、お医者さんや看護婦さんのスケジュール表が貼られた横に見慣れたチラシ。。。

(あぁ、あれは、わたしのチラシやナぁ〜)と朦朧しながら気付く。

時々お医者さんにチラシを持って行って宣伝させてもらうのを、こうしてキチンと事務所に貼っておいて下さってるのを目の当たりにしてみると、ありがたくて背筋が伸びますです。ありがとうございます。5月5日子供の日に予定しているCDショップ新星堂でのインストア・ライブを楽しみにしてくださっているとの看護婦さんの”点滴を挿しながらの”お話に、ヴァイタミン効果も倍増し、ついつい元気も舞い戻ってきました。お陰さまで、一日であっと言う間の回復となり(単純なんかい!)、とにかく今は間近に迫った堺でのLIVEに向けて、全力投球するべし!とフンドシ引き締めて、ではなく、関節やわらかにして、誰よりも私自身が楽しみにして稽古しよぅと改めて思いました。

この看護婦さんは、私をずっと前からご存知で、LAで原因不明の高熱が約三週間続いたことをまだ覚えておられました。もう15年前になるのが信じられないほどですが、あれは、ほんと大変でした。猛烈な寒気で全身が震えで止まらず、それから42度の熱、その後、バスタオルもびしょ濡れになるほどの発汗、そしてまた何も考えられなくなるほどの高熱、数え切れないほどそれの繰り返しで…何を食べても吐くし、水を飲んでもうけつけないし、お腹も壊してるし、胃は痛いし、台所へ行くまでに床に倒れこんでしばし気を失うし、一人暮らしの怖さと寂しさを思い切り知った数週間でした。熱の合間を狙って、ぶるぶる震える指でハンドルにしがみつくようにして日系のスーパーマーケットに行っては、水や、(なぜか唯一喉を通ってくれた)なすびの漬物を買うのがやっとで。台所にたつ力もなくて、床にへたっておコメを洗い、御飯を炊いて。とにかく「今は一人。吐いても食べないと死ぬ。」と冗談抜きで思いながらの二週間。

私に優しかった漢方医の中国人の女先生(東洋医学を教えつつ、西洋医学の外科医でもあり、サンタモニカホスピタルでも働いていた方です)が、私が少々のことで長く学校を休むはずが無いと思って電話をしてきてくれて、夜中に漢方薬を持って作りに来てくれたり、でもそれも吐いてしまうので効かずじまいで。。。2週間近くでそうとう痩せて、手もおばあちゃんのように、クシャクシャになったほどでした。あまりの脱水症状に、瞼もろくに持ち上げられず、自分でもガリガリに痩せてきてるのがわかるくらいになった頃、クラスメートのイスラエル人の女の子が、彼氏と車で覗きに来てくれて、ドアを開けるのもやっとの私を、彼氏がおんぶだったか抱っこだったかして、車に乗せてERに連れて行ってくれました。

はっきりとは覚えてないんですが、病院からそのままイスラエル人の二人のアパートに運ばれて帰って、二日ほどは眠り続けました。その間も、夜には薬を飲ませてくれて、タオルで額を冷やしてくれて、なんとか「今は他人の家にいるんやったな。。。」とぼんやりと気づいた頃に、唇に冷たいものがチョン、チョン、と優しく当てられたのでした。乾いた唇から舌一面に甘い甘い味が広がって、それは、スイカでした。LAで売られている新鮮なWatermelonを、彼女は買ってきて、小さく切って私に一切れずつ食べさせてくれてたのでした。長くかかって全部食べたスイカの、その美味しかった事。あの甘さは忘れられません。「全部たべたね〜!もうチョッと眠りなさい。」とそっと髪を撫でてくれる優しい手を感じて、心底ホッとしました。ほとんど目も開いていなかったので、余計にか、お母さんと居るようでした。彼女の方がいくつも年下で、それもお互いに分かってても、「妹にしか思えん。」と、いつも世話を焼いてくれてたことが、懐かしく思い出されます。母も日本で心配していて、私の症状を聞いては、この医院に相談に来ていたので、看護婦さんが覚えていたのでした。ありがたいことです。

優しい想い出にスイカはよく一緒に存在したようにも思います。「Osaka」の英語の歌詞の中にwatermelon(スイカ)が登場したのは、夏の思い出だと思っていたけど、このウォーターメロンが記憶の片隅にあったからかも知れません。もうすぐそんな季節が来ますね。まだ早いかナ。笑 さて、今週の金曜日25日、いよいよ三国ヶ丘FUZZにてLIVEです。chi-B&masta.Gのパフォーマンスは、夜7時スタートですので、ぜひ覗きに来て下さい。もらった愛は音楽にのせて返す。そうやって生きていく事に決めた人生のまた新しい一ページです。お時間ある方は、ぜひいらして下さい。

 堺三国ヶ丘FUZZ 堺市向陵町4-4-32 チボリビル1F

 前2,000円 当2,500円(ドリンク代別途)

 予約・お問い合わせは 072-256-7666 FUZZ。

 FUZZホームページ http://www.mikunigaoka-fuzz.com/

 本イベント詳細が↓にあります。ここで予約も受け付けています。
 http://www.mikunigaoka-fuzz.com/event/0804/0425.html


chi-B&masta.Gの音楽はhttp://myspace.com/chibmastag


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posted by chi-B at 01:13| 大阪 | Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

USEN番組収録に行って来ました。


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今日は、USENの番組収録をして頂いてきました。私の通っていた女子高校が近くにあることもあって、景色的にもとっても懐かしい天王寺から大阪の地下鉄・谷町線に乗りました。

この辺りはお寺が多く、またお寺で音楽や演劇のLIVEをやるところも増えつつあって、ライブハウスとはまた趣の違った文化の発信地として、ひそかに変貌を遂げつつあります。いつか私も出てみたいと思っています。お寺といえば、葛井寺で過去三回ほどLIVEをやらせていただきましたし、masta.Gが企画したもの(私自身は裏方として手伝ったもの)も加えると、4〜5回はやらせて頂いたこともあります。お寺にはアバンギャルドなイメージを、私は持っていて、住職さん達もなかなか頼もしい”何かやっていこう”という気合の入った方々も居られるので、過去の遺物と侮る無かれ、若者達よ〜!(笑)

お寺ががんばるだけでなく、教会だってがんばってます。ん〜、がんばるなんて固いイメージとは正反対ですね。言葉は難しいな。18日金曜日は、八木基督教会で、渋谷毅さん、Elijah LeviさんのLIVE演奏を見せて頂いてきました。木造の古い教会で聞くPianoとVocalが、日々の忙しさでちょっと疲れた身体に優しかったです。Elijahさんの歌声を聞いていると、自分が大好きでずっと聞いてきたSOUL、R&Bに感じる、(また言葉がこれ難しいけど、)SILKYさ、Ron Isleyを思い出させてくれるような絹のようなきれいなVOICEと、それに乗って顔をみせる魂というのか、目に見えない何かを体感する瞬間が何度もありました。渋谷さんがこういう曲に伴奏される事はとても珍しいことであると、企画・実行されたasianimprovさんが仰っていましたが、そうだろうなぁ〜と思います。貴重な体験をさせて頂きました。個人的にもボーカリストとして感ずる所がたくさんありました。いや〜音楽はほんとうにすごいです。身体が感じる何かですね。

さて、話をUSENに戻しますが、今日の録音は内容的にも深く熱いものになったように実感しています。普段めったに話をしないmasta.Gですが、今日は思いをいっぱい語りました。私も話しましたが、今日だけは私以上にmasta.Gが語りました。これまた貴重なこの番組、USENを聞ける方々は、どうぞインディーズ・チャンネルの下記の番組にアクセス(USENでもアクセスでいいのかな?)して下さいね。曲も三曲かけて頂きました。USENのスタッフの皆さん、お世話になりました。

番組は4月28日から一週間ぶっとおしで、毎日放送していただけるそうなので、たくさんの方の耳に届くようにと祈っています。

番組名:KAMI COME CHAT(カミ カム チャット)

チャンネル:USEN CG-27

放送日:4/28 から一週間

時 刻:2時〜、6時〜、10時〜、14時〜、18時〜、22時〜。



THANKS TO THE MUSE!
実り多きこの二日間をありがとうございました。
どうぞ良い日曜日を!

chi-B&amsta.Gの音楽は、http://myspace.com/chibmastag で。

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posted by chi-B at 02:33| 大阪 ☁| Comment(5) | ラジオの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

古い記憶(よくぞ無事でね〜)


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はじめて単身イリノイに留学したとき、な〜んもわからんかったけど勇気だけはあったのはなんでなのかな。あの頃の自分の気持ちを思い出したら、今とあんまり変わらないとは思えるんだけど、それにしても、今、それと全く同じことを誰かがやろうとしていたら…きっと”もうちょっと準備したら?”と言ってしまう気もするくらい、無鉄砲やったなぁ、と思います。英語はできなくて当たり前だと思ってたし、いつでも”なんとかなるに決まってる”と思ってたなぁ。もっと云ってしまうと”どうなってもええわ”位の覚悟もしてたかもしれんなぁ。

とにかく大学の英語コースは日本から申し込んで、大阪から飛行機に乗って東京へ(当時はシカゴへの直行便なんてなかったんでした)、東京からシカゴ。空港近くのホテルで一泊。これが始めてのアメリカ本土一人ぼっちの夜だという自覚がはじめてわいた。ホテルのレストランは閉まってて、かろうじて開いていたバーでの夕食。まずいフライド・チキンにビール。暗い店内では、お客さんがチラホラ。みんな一人でテレビを見てた。「あ〜、あれがアメリカ本土のテレビ番組かぁ…」と思いながら、まずいチキンを紙に包んで隠して部屋へかえって。翌日、シカゴからセントルイスへ。セントルイスからカーボンデイルへ。この時は小さい目の飛行機に、私ともう一人の計二名しか乗客はいなくて、「たぶん、すっごい田舎へ行くんやナ」と漠然と思ったもんでした。

空港に着いたらもう夕方前。大田舎だったカーボンデイルの空港は、人もほとんどいなくてがらーん。かろうじて売店が一件あるだけの小さい空港。そこで私はハタと考えた。。。

「これから私はどこへ行くん?
 とりあえず大学のある場所へ行ったらええのん??
 で、どうやって?

 お迎えでもくるのかな?待ってたらいいのかな?
 よし、とりあえずベンチに座って待ってみよか。」

こうして座っていること約一時間… Nothing happens. No one comes.
で、売店が閉まりかけてるので、ガムとジュースを買う。(なんで!?)
これがNiceな選択で、売店のお姉さんが話をしてくる。

「あなた、どこから来たの?で、どこへ行くの?」

きっと、お姉さんは、スーツケースを脇においてボーっと座ってるだけのヘンな外国人の私をずっと見てたに違いない。「日本からここの大学へ」みたいな要を得ない返事をしたんでしょうね。

「タクシー呼んであげようか?」とお姉さん。

イリノイは親切な人が多くて、ヨカッタ。空港はもう人っ子一人居ない状態だったし、あそこで声をかけてもらえなかったら私は徹夜してたかもしれません。来ない迎えを待って。考えただけでも寒いです。すぐにやってきたタクシーを見てギョっとなったのは、とても恰幅のいい黒人女性のドライバーだったから。今では珍しくない女性ドライバーですが、生まれて初めてみたもんだからビックリしたのでしょう。あんなに大きな女の人を見たのも初めてで。日本では見たことのないサイズだったので。

「どこまで?」と聞かれてまた困惑。
 
私はいったいどこへ行ったらええのやろ?

グルグル考えて思いついて、日本から持っていってた大学のカタログを見せる私。すると、「大学は大きいよ。ひ・ろ・い・のよ。わかる?この中のどこへ行くの?」みたいなことをお聞きになる。そう、アメリカの大学はむちゃくちゃ広い。まるで小さな町のように。ビルディングがいっぱいあって、湖もあって、森もあって、入院施設のある病院まであって、ボーリング場もあって、映画館もあって、学生寮群があちこちにタワーとして建っていて…。けど、説明できるくらいならとっくにしてるわけで、もうわからないお手上げ状態の私に呆れたドライバーは、とにかく日も暮れかけた大学への道をぶっ飛ばして、敷地内まで乗り入れると、そこらへんを歩いてる学生に質問してくれた。「外国人の生徒の行くオフィスは、どの建物の中にあるの?」

その建物の前で降ろしてくれて、私の行くべきオフィスの部屋番号もしっかり教えてくれて、車代いくらいくら、チップがいくらいくら、と丁寧に説明して、(決して法外な値段は請求せず!ね、私の知る限り、イリノイの人は親切で心優しいねん。某NYとはちと違うのです。)去っていった。

教えてもらった部屋へ行って、入学許可書を見せて、いついつガイダンスに来なさいとの指示を受け、そこで、またハタと困る私。

「で、私は今夜どこで寝るんですか?」

私の頭の中では、学校に行けば宿舎に案内され、ルームメイトを紹介され、友達になるんだろう、と映画のようなストーリーが決まってて、でも現実はそう甘いもんではなかったのでした。それとこれはセットではなかったようで!それにキャンパス内の学生寮は人気が高くていっぱいのようでした。寝るとこナイんやんか。

受付の人が機転をきかせて、学校のすぐ近くにある個人経営の寮に連絡をとってくれた。すると件の寮から男性が運転する車のお迎えがやってきた。すごくホッとしたのを覚えています。そして、寮について、小さな部屋で入寮の手続きをし、やっと自分の寝床となる部屋へと辿り着いたのでした。スーツケースを運んでくれてた男性に、1ドル札数枚のチップを差し出すと、「君、ここはホテルじゃないんだよ。僕はここの管理人。チップはいらない。」と笑われて。すごく失礼な私でした。ポーターだと思い込んで。何も知らないと云うのは、ときにとても失礼なものであります。

あれほど、自分が何も知らないことに気付いてなかったことに驚きます。

あの日から何十年もたって、その間、だんだんと英語もわかりはじめて、東南アジアにも行き、LAにも何度かわたって、今こうしてまだ元気でいることに、今日は心から感謝しようと思います。危険をくぐりぬけて、日本に戻り、音楽をやっている私がここにいるのも、いっぱいの人に助けられてきたからでしょう。そして、心配する家族が待っていてくれたからでしょう。

この初めての一人旅がちょうど今くらいの季節でしたので、フラッシュ・バックしてきた”遠い、無邪気すぎた日の記憶”を書いてみました。海外旅行や知らない国へ行くとき、クレジット・カードも大事ですが、事前のシュミレーションも大事ですよ。特に女の子たち!気を付けて。ほんまに、どこへ行くにも、気を付けて。たとえそれが日本国内でも。歩きなれたと思える繁華街でも。Take good care of yourselves, sistarrrz.

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posted by chi-B at 03:02| 大阪 | Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

FUZZでLIVEですよ〜♪


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I'M BACK! またまた土曜日がやってきました。一週間は早いね。早すぎやね。もうすぐ私達chi-B&masta.G(ちび&ますたじー)のLIVEがあります。FUZZのサイトで熱く予約受付中ですので、じゃんじゃん予約して、どうぞ聴きに来てくださいね。下の方に詳細を載せておきます。

この頃、LIVE会場にまで足を運んで遊びに来る人が以前に比べて減ってきているような気配を感じますが、そんな寂しいこと云わんと!直接会ってこそホントの味もわかるってもんです。バーチャルだけとか、ダウンロードした音ファイルだけとか、そんな世界から、あなたも抜け出して、リアルな空気の中で、そのとびきりの笑顔みせてくだしゃんせ。(遠すぎて逢えない人はゴメンネ〜。きっといつかテトテをタッチしましょうね。こうなるとまるで遠距離恋愛のようですナ。←ん?おっちゃん口調?)


 
4月25日(金) 午後6:30開場/7:00開演

 堺三国ヶ丘FUZZ 堺市向陵町4-4-32 チボリビル1F

 前2,000円 当2,500円(ドリンク代別途)

 予約・お問い合わせは 072-256-7666 FUZZ。

 FUZZホームページ http://www.mikunigaoka-fuzz.com/

 本イベント詳細が↓にあります。ここで予約も受け付けています。
 http://www.mikunigaoka-fuzz.com/event/0804/0425.html



思えばFUZZには想い出が一杯。

私がBAGUSで音楽をやり始めて、QueenBという名前でLIVEもやり始めて、そして生まれて初めてBAGUSの外でLIVEをやったのがFUZZでした。というか、日本でBAGUS以外にLIVEハウスなんてものに足を踏み入れたのもFUZZでした。それだけではありません!Earth Wind & FireのギタリストだったJohnny Grahamさんが私に会いに来て下さったのもFUZZなら、砂川さん、糸川さんにはじめてお会いしたのもFUZZ。”BAGUSサヨナラSupa-Duparty”と銘打って、BAGUSの閉店記念LIVEをしたのもFUZZ。このブログの実録・読み物カテゴリーに書いている音楽物語の第十五話(1)の”あの一件”を私がやらかしたのもFUZZ…しいては、ドラマーのマーティー・ブレイシーさんと「深〜い話」をしたのもFUZZ。他にもいっぱいの出会いと別れがありました。きっと、私が一番たくさんLIVEをやってきたのが、ここFUZZであります。

さて、そんなFUZZのお客さん&スタッフさんに”今のわたし”を見ていただきに行きますか!練習がんばるわ。なので、みなさん、その重い腰を上げて(^^)どうぞ遊びに来てくださいな。よろしくお願いします〜。
See you all at FUZZ on April 25. Let's have a good time!!

chi-B&masta.Gの音楽の試聴はコチラでどうぞ
http://myspace.com/chibmastag
これにmasta.Gの生ドラムが加わると、また一味・二味違います。
That's masta.G's MAGIC!!


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posted by chi-B at 01:14| 大阪 ☀| Comment(2) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

第十五話(2)伝わらない思い


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My ”ミュージック”=MUSIC+MAGIC
このカテゴリーに書くことは、私の音楽の道の記録であります。

The B-Funk All Starsというバンドがなくなり、当時の私は、間髪入れずまたすぐに次のバンドを作っていこうと決めていました。LIVEをコンスタントにやり続けてきた流れを断ち切りたくなかったし、それまでに増して、もっと真剣にやっていく心積もりもできていたのでした。masta.Gの音楽仲間のつてを辿り、数人のミュージシャンが練習に集まって下さいました。学生や音楽以外の仕事をしていた前のメンバーとは異なり、スタジオでお会いした方々のほとんどは、各自で音楽を仕事にしている方たちでした。プロのミュージシャンとして、タレントさんのレコーディングやツアーのバック演奏をしている人、自分のソロ演奏CDを出し長年ミュージシャン活動をしている人、音楽学校で演奏指導している人…。今考えれば大変恵まれていたのかも知れません。まずは当時ヒットしていたHIPHOPのコピーから練習をはじめました。でも、結局そのバンドでLIVEをすることはありませんでした。

今から思えば、私が自分のやりたい音楽と言うものを明確につかんでいなかった、ミュージシャン諸兄にはっきりと伝えることができなかったことが、LIVEをするまでに至らなかった一番大きな理由なのでしょう。(これは、今も修行中ですが。)そしてもうひとつ、HIPHOPという表現スタイルが、ここ日本では、生演奏とは離れた所にある異文化のようにとられていることも、混乱の要因にあったように思えます。ここ数年で日本人の認識も変化しつつあるようですが。HIPHOPの生まれた初期の頃、それは、DJがまわすレコードの延々と繰り返されるビートとスクラッチ(ブシブシとレコードを針でこする行為)、その波にのって云いたい事をストレートに吐き出すラッパー、そしてブレイク・ダンサー、それからグラフィティーと呼ばれる落書き(こう呼ぶにはあまりにも芸術的作品が多いと思うのですが)の要素を合体させた新しいムーヴメントでした。でも日本では、それまで音楽をやっていた人たちの耳は、それを音楽とは認識しないことが多くありました。「あんなのは音楽と違う。」この言葉を、私は何回か云われたことがあります。すべて楽器をやる日本人からでした。「やれと云われればやりますけど、こんなのDJでも雇ってレコードかけてやったほうがカッコええんとちゃいます?」といわれた事もありました。そんな、まるでメトロノームに合わせたようなの、合う方がおかしいわ、気持ち悪いよ、なんていう言葉まで聞こえました。そうでしょうか。

アメリカでは、状況はまったく違いました。CDでは機械で作った音も、LIVEとなると生演奏のバンドがガッチリと演奏を支えている事も多々あります。DJが回すビートに乗せて楽器のプレイヤー達が”ひとつの共通したルールの則”(=これがGROOVEへの必要不可欠な原動力と思われますが)を忠実に繰り出し続ける。さらに曲が進むに連れて、そこに各プレイヤーがソロを入れ、CDよりももっと分厚い、スピリットをひとつにした意味深い素晴らしいパフォーマンスとなっていく場面を、私とGさんは毎日のようにテレビでみていました。FUNKやR&Bはもちろんのこと、Rockとの融合、レゲエとの兄弟のような関係、そしてマイルス・デイビス、ハービー・ハンコック、ロン・カーターなどJAZZプレイヤー達も例外でなく。皆がこぞって新しいスタイルであるラッパーやDJ達との共演を、80年終わりごろ〜90年代から盛んにやっていました。音楽をやる人間にはジャンルなど無意味なのだと、皆が音で証明していました。まさにP-FUNKのジョージ・クリントンのいう"ONE NATION under a GROOVE"です。そのひとつのGROOVEといわれるものの上で、個人個人が自由に遊ぶダイナミックなゲーム、そのエネルギーの交感とハーモニーが素晴らしいのでした。

ところが、そんなにBlack MusicとしてのHIPHOPを聞き込んだことのない、アメリカの最新の音楽LIVEを見る機会もない日本人のミュージシャンには、残念ながらこの思いが通じない。通じさせるテクニックも表現法も未熟者の私にない。ビデオを渡したり、ウッド・ベースが入っているCDを聞いてもらったりするのですが、無理やりに聞かせようとしても趣味ではないことも災いするのか、ツーカーとはいきません。私が好きな、その曲の持つ一番の味わいどころが消えてしまっているようで、何かが違うと感じる心がとめられない。それは当たり前だと覚悟してLIVEをやり始めるべきだったのでしょうが、生意気にも私自身がOKを出せずにいました。それぞれのギターやベースやキーボードは、そんなに複雑な音ではないので、集まってくれていたミュージシャンにとっては、「単純な曲ばっかりなのに、この子はいったい何を躊躇ってLIVEせずに練習ばかりするのか?」と思われたことでしょう。私にとっては、ちょっとの違いが大問題だったのです。ただ間違いなく弾けばよいとは思えなかったし、今も思っていないのです。どうしたら、あの燃え上がりながら皆が一つになっていく感覚になれるのか。。。それを分かるまで人前ではやりたくないと頑なに思いすぎて外に出すという行為、もしくはその勇気がなくなっていたようでした。

ついにもうミュージシャン達は連絡をとっても返事も無く、練習に来なくなりました。私の思いは、伝えるテクニックがないために空回りし、Gさんは、それを黙って見ていました。ミュージシャンではない私に、バンドのありがたさや難しさを知っていく過程をすべて経験させようと思っていたのかな、と今は思います。「君のバンドやろ。君が伝えろ。」といつも言っていたのを覚えています。今となっては後の祭りですが、もしこれを読んでいる方で、同じように音楽とバンドのことで迷っている人が居られたら、とにかくLIVEをやることをお勧めします。気に入らなくても嫌でも恥ずかしくてもなんでも。何が何でも続けてやることで、何らか良い効果が現れるような気がします。たえず外に出す行為をとめないことが、精神的にもよいのではないかと思います。悩みだしてしまった人には難しいとは思いますが。こんな私のこんな小さい経験からの教訓です。

こうしてまたバンドへの夢がいったん途切れてしまったけれど、私はまだまだこれから!と元気でした。残った音楽友達は、masta.G。そして、Gさんと私について、運搬や宣伝を手伝いながら音楽を体験していた若い数人の人たちだけでしたが、皆で練習しながら次にまた誰か演奏をやってくれる人を見つけていくしかないなと思っていました。人づきあいと云うのは、なんて難しいものなんだろう、と前回と今回のバンドのことで思い知ることになりました。でも音楽は一人でやるものではないのです。自分のことだけでも気分の浮き沈みにアップアップすることがあるのに、越えなければならない壁が多すぎるなぁ、とその頃は思っていた記憶があります。そして、それがとんでもない重みとなって、この後の私の毎日に覆い被さってきます。とにかく、ま〜だまだ音楽の入り口にさえ至っていない私の日々が続くのでした。

〜つづく〜


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posted by chi-B at 03:07| 大阪 | Comment(7) | 音楽物語 GROOVE TAO(道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月05日

USENの番組に出演します


smile.jpg


五月に放送されるUSENの番組に、chi-B&masta.Gが出演する事になりました。今月中に録音に行ってまいります。たのしみが一つ増えました。番組と放送日時に関する詳細は、決定次第またお知らせしますので、どうぞお楽しみに。トーク&音楽です。番組の放送は一日6回、一週間続くとのことです。How nice! It must be fun.

次回のライブは4月25日、堺三国ヶ丘FUZZです。よろしく〜。

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posted by chi-B at 03:10| 大阪 | Comment(0) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

桜。苺タルト。春やねぇ。


Candle


今日は、稽古帰りに、街にある古いお寺を歩いて、しっかりと満開の桜を味わってきました。桜を見ると、余計なお世話と知りながらも、どうも口出ししたくなるのが剪定のしかたで、このお寺のは及第点です。どうも良くないのが、マッチ棒みたいな刈り方、これは役所や学校に植えられているものによく見られるのですが、おそらく、枝が危険とかなんとかいう理由でしょうが、かっこわるい。桜は、もっとしだれかかるように、幹から地面に向かって流れるようになってるのが最高に綺麗です。マッチ棒の形のほうは、うんと上の手の届かないくらいの高さに花々がついていて、遠すぎる。見えにくいし、情緒に欠けます。

今日、私の楽しんできたお寺の桜。もう地面に着きそうなくらいまで、垂れ下がっているけど、枝がしっかりしなっています。枝と枝の間に、花を散らさないように気をつけながら入り込むと、そこは、薄紅色の海のようで、桜のお風呂にはいっているみたいでした。夕方の、私の呼ぶところの”いいルクス”で、花の色はもっとも目に染むような濃さに見えます。どの花も、いちばん綺麗に見える形や時間が毎日ありますね。皆さんの家の周りの桜は、マッチ棒型?それとも、自然な流れを生かした姿でしょうか…。それと、もっと細かい好みを言えば、黒い幹と枝に、薄墨を流し込んだような白い花がついているのが好きで、これは書道に感じると同じような潔さも感じます。

話は変わりますが、正夢というのか、偶然に、夢で食べられなかった美味しい食べ物を、現実に頂きました。(笑)一週間以上前に見た夢で、買えずに諦めた苺のタルト。先日のMOKSHAのLIVEの打ち上げで、それまでかかってたPrinceが急に中断して、曲は聴いた事のある昔の曲〜あれ?これは知ってたよな〜家にレコードあったよな〜、なんだっけな〜、たしか〜、アッHappy Birthday、スティーヴィー・ワンダーだな〜、なつかし〜、と一人で聴いてたら、目の前に丸い苺のタルトが差し出されて…。あんまりボーっとしてたから、自分のためにローディーの男の子が誕生日のケーキを用意してくれてるなんて、そこで初めて気付いたのでした。ありがとう。文字通り、夢を叶えてくれたわけで、後で夢を思い出して笑ってました。

勝手な言い分ですが、私の誕生日がすぎると、It's spring!!
どうぞ良い春を、良い音楽を、楽しんで下さい。
花とケーキが好きな女子を代表してSpring Greetingでした♪

Brothers & Sisters...Love one another...deeper & deeper.


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posted by chi-B at 00:21| 大阪 ☁| Comment(8) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月01日

MOKSHAのLIVEが終わりました


ButterflyCandle.gif


30日MOKSHAのライブに来てくださった皆さん、ありがとうございました。今回は、いつもとテイストの違った、ゆっくりモードになったような気がします。Gさんがマイクもって話をするなんていうことは、BAGUS以来ひさびさの気がします。これが自分の店だともっともっと激トークになるわけですが、きのうはソフトタッチでしたね。今思い出してみれば、MOKSHAの店長(Tada Minoru, is also a rock singer/guitarist.)までマイクもって、長年の知り合い/ミュージシャン仲間2人で喋ってました。私はお客さんの席で聞いてただけで。笑 なんか、ちょっとだけ在りし日のBAGUSの雰囲気を味わいました。

雨が降って、また寒さもぶり返していたので、ライブ会場に足を運んでくださった皆さんが風邪をひかれなかったか、気にかかっています。(かくいう私はきっちり?風邪ひきました。今日は早く寝ようと思ってます。)夜中にまたパソコンが壊れて(T_T)、起きてごちゃごちゃしてたからでしょうね。また修理工場行きです。。。ざんねんむねん。この頃、電化製品の故障があいついでて、しかも大切に、普通に使ってる物が、急に壊れることが多いです。なにが変わったのか、技術が進化したのかと思いきや、その実、すぐに壊れるひよわな物が増えたように感じます。昔のものって、そんなに高価な物でなくても二十年近くはもってたように思いますよねえ。とにかく、早く全快がのぞまれる私のノートPCであります。

さて、もう4月ですか!えらく早いなあ。。。桜の花のなか、新一年生が行く〜という季節ですね。自分も小学校に入った日の事は今もおぼろげながら覚えています。2人がけの木の机がならんだ教室は嗅いだことのない独特の匂い(どっちかといえば変な匂い。ほら、ちょっと湿っぽいような、皆さん御存知の学校のにおいです。)黒板におおきな文字で、そしていろんな色のチョークで、『にゅうがく、おめでとう。』と書かれていて、桜やいろんな絵がとても綺麗に塗られていたのにビックリした気持ちまで覚えています。油引きされた床も、始めてみた時は珍しかったなあ。。。国語ではじめて習ったのは、『さいた。さいた。さくらが、さいた。』でしたかねー。懐かしい。たのしいこともあったけど、いや〜な思いもたくさん知った子供時代でした。That's life♪

つぎのライブは、ちょっと日にちが開いて、4月25日、三国ヶ丘FUZZです。それに向けて、また練習。。。曜日も日にちもわからなくなる生活がまた続いて行きます。4月もどうぞよろしく!


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posted by chi-B at 01:48| 大阪 ☀| Comment(9) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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