2007年01月29日

BGM聴くだけでもいかが?

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もしも人間としてのPrinceや彼の独特の世界に興味がおありなら、

もしくは私と同じテイストの持ち主かも知れないと思って頂けたら、


もしも英語がわかる貴方・貴女なら、

もしくはワケのわからん英語の垂れ流し+音楽も気にならないなら、


http://www.bbc.co.uk/radio2/r2music/documentaries/prince.shtml


このページに飛んで、LISTEN AGAIN の下にある

Part One(約44分超)を、つづきはPart Two(約50分)をクリックすれば、

彼の音楽をBGMに、彼の音楽活動を振り返るラジオ放送が聴けます。

たとえば言葉がわからないとしても、

メドレー形式で変わっていく曲を聴くのだけも貴重です。


BBC=英国放送協会で2003年に放送された番組

PURPLE REIGN: THE PRINCE STORY

の録音バージョンです。バンドの元メンバーや、彼を知る人々の証言が

ベールに包まれた彼のミステリーの一部だけでも想像させてくれます。

コメンテイターの例を挙げれば、

George Clinton, Chaka Khan and producer Jimmy Jam。。。ナイス!

彼は、気に入らないと放送させないタイプの人間なので、

5年たった今でも放送されると言うことは、許しているということかな?


(何といっても、CDの曲をすべて”トラック1”として繋げて作って、

 違うタイトルはついてても一曲は一曲だから、

 ラジオ放送するときはアルバム一枚かけろ。勝手に切るな。といった

 強気なことを言い放てる人ですから。

 そして、私はその心意気にシビレるのです。)


ま、英語の聞き取りの練習にもなりますし。

ただしショウビズの目から見た、話題性で選んだ、お話と選曲ですが。

しかも5年前だから、曲が古い。。。仕方ないですか。。。

彼がまだまだ続々と新しいアルバムを作り続けている現役のプレイヤーだと

決して、忘れてはなりませんね。過去の人じゃないよ。

それならコレほどまで尊敬はしなかったと思います。



ね〜、私を参加させてくれたらさ、

もっと熱く、Sensualで、beautifulな

隠れた珠玉の名曲をプラスしてあげたのに。

女には女好みの選曲があるねんから。ねッ、BBCさん。


Prince Famの独り言でした。(Fam=Family)

では〜♪



posted by chi-B at 23:27| 大阪 ☀| Comment(7) | 超独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第三話 未知との遭遇

My ”ミュージック”=MUSIC+MAGIC
このカテゴリーに書くことは、私の音楽の道の記録であります。


「人は、得意なことだけ選んでやってたら、うまくいくのは当たり前なんや。

そんなん凄くもなんともないし、悪いけど俺には何の感動もないねん。

ぜんぜん出来へんことを出来るまでやってはじめて大きい意味があるんやで。」
masta.G



 「弾けもしないのにベース!?」とは思いましたが、出もしないだろう声を出して歌う恥ずかしい気持ちよりは、まだ黙々と楽器を練習することには抵抗は薄くて、なによりも中学校からの一番あこがれの楽器ですから、思わず「やってみようかな」という言葉が出ました。


 ハリウッドの有名なギターの専門店であるGuitar Center(ギター・センター)の前は、いつでも仕事の行き帰りに車で通っていました。その頃は、毎日のようにハリウッドとサンタモニカを下の道で(フリーウェイを使うことなく、です。私は異様な怖がりなので、フリーウェイは走ったことがないのです。)大きな赤いギターのデコレーションを、観光名所のように眺めながら、そこに出入りしている派手なロックのお兄さん・お姉さん達を未来のスターを見るような気持ちで観賞していたのですけれど、自分がそこへ入ることなど夢にも思ったことは無く、その日が初めてのことでした。私がベースが好きだといった数年前の会話をmasta.Gが覚えていてくれたこともビックリでしたが…。たしか、「日本の人たちのベースの音は堅くて痛い感じがしますね。ベースは長〜いゴムみたいにビヨ〜ンと伸びる柔らかいぶっといのが好きなんです。」と大学生の頃に意味も分からず云った時に、「お!気あうなぁ。俺もやで。オモロイ事いうねんな。」と、云われた記憶があります。


 一旦センターのなかに入ると、事前の事情がどうであれ、もう自分で会話を進めるしかなくなります。masta.Gは日常会話程度の英語はそこそこ聞き取れるのですが、よほどの必要性を感じない限りは、めったに口は開きません。日本語でも同じかもしれませんが。笑。白人のお兄さんに、「オーケイ、よく聞いててね。私、生まれて初めて楽器を買いに来ました。エレクトリック・ベースギターが欲しいんです。身体が小さくてももてる位の大きさで、出来るだけ軽くて、いい音が鳴って、何よりも、グッドルッキンなベースをいくつか見せて下さい。」…注文だけはいっちょマエです。彼は笑って頷きながらしっかりと聞いてくれて、時間をかけて一緒に選んでくれて、弦は柔らかいのにしようとか、小さいアンプも要るだろうとか、丁寧に応対してくれました。慣れたものです。私のこだわり→金具は金色で!がキーポイントとなって、Fender Japanのベースギターに決定しました。ハード・ケースとストラップをオマケにつけてくれたので、ギタースタンドもオマケしてよ、と言ってみたら「幾つ要る?欲しいだけあげるよ」というので、一つだけしっかりしたのをもらいました。


 帰って、さあ弾こうとなったときに、私の思っていたのとは違う展開になっていきました。私は「教えてあげるから」というmasta.Gの言葉を、ド・レ・ミ・・・なんかの基礎から始めてもらえると思い込んでいたのですが、ストラップの長さを調節してくれて構える位置を高めに正してくれたっきり、そんな基本は一切と言っていいほど触れもせず、こう云うのです。

「君な、音聞き分けるの得意やろ?ちょっとの違いにも、いつもうるさいやんか。だからな、どれでもエエから好きな曲のCDかけて、音ひとつずつ聞き取って、場所探して、それで弾けるまでずーーーっと真似しとき。」

「そ、それだけ?」

「おう。。。それだけ?て。それが出来るまでどんだけかかる思てんねんな。まあ、黙ってやってみぃな。やってからモノ言えや。指は寝かしたらアカンで。まっすぐ押さえや。じゃ、がんばって!」

「…。」


 そんな具合に始まった私のベース・トレーニング。選んだのは当時は毎日のようにテレビ・ラジオで聴いていたHIPHOPです。大好きだからというのもありますが、何がいいかというと、HIPHOPのバックトラックには、私の大好物である、ちょっと古いR&BやSOUL MUSICからのサンプリングをモチーフに出来ているものが山ほどあって、もっとも泣かせる素敵なフレーズが、これまたHIPHOPの特徴なのですが、繰り返し、繰り返し、ループのように延々と入っているのです。初心者にとっては願ったり叶ったりの抜群の練習ネタでした。いくつかの音符の場所を探し出して、後はCDをリピートして一緒に弾くのです。大好きだから、何度聴こうとまったく嫌にならないのでした。ただし!何かが違う。。。何やろコレは?。。。数えるほどしか音符の数はないのに、CDで弾いている人と自分の何かが違うヤンか。。。私のはかっこわるく聞こえるし。masta.Gが「ホレ!遅れてるで。ズレとんがな!よう聴きや〜!そんなこと弾いてるか?一緒かそれ?」と畳み掛けます。


 悔しいのと楽しいのがゴッチャになりながらの練習です。もう夢中でした。いくらやっても「何か変やぞ」は付きまといます。ある日曜日の朝、一人で10時頃から、CDプレイヤーにCoolioのCDを入れてスイッチをオン。ベースも小さい目に鳴らして、いつものようにやっていると、誰かが叫んでいる声が聞こえました。気にせずやっていると、いつまでも叫んでいます。「はッ!私に向かって云うてるんや!!!」近所のアパートの住人が「うぉーい!静かにしてくれ〜!寝てるんや〜!!」と叫んでいます。ビックリしてベースを弾くのを止めて、窓から「ごめん〜!!!」というと、「ありがとーーー!」の返事。冷や汗かきました。 そして、次の瞬間、なんとも言えない笑いが出てきたのです。

「なんかウレシイぞ。怒られたのに!」

ハリウッドには、ロック好きのプレイヤー達がわんさか住んでいます。近くのスーパー・マーケットRalphs(ラルフス)は、別名「ロックン・ロール・ラルフス」と呼ばれるほど、お客さんもガンズ・アンド・ローゼズみたいな格好の人たちが一杯です。レジのお姉さんも、お客さんも、おしゃれでロックン・ロール・ラルフスそのものなのです。お互いの練習やCDの音がうるさすぎると、窓から声をかけて注意をしあうのが慣わしみたいになっている地域なのです。そこで、私もその仲間入りというわけです。それを話すとmasta.Gは云いました。


「やっとハリウッドに住んでる実感わいてきたか?

今までずっと、こんな天国みたいな場所に居たのに俯いて勉強ばっかりして。

もったいなかったな。もっとハリウッドを楽しもうや。」




 さて、あれは忘れもしない、ベースを買って三日目のことです。masta.Gに連れてもらって、Gさんの大学時代からのお友達の家にベースを見せに行きました。この人のことは、いずれ折を見てきちんとご紹介しますが、もうずっと何十年とカリフォルニアに永住されて、ギターをメインとしながらバックトラックを作曲したり、黒人の方たちとバンドを組んだり、ずっと音楽一筋で暮らして居られる男性ギタリストなのです。(今はこれだけでご勘弁を!)照れながらもベースを見せると、masta.Gさんが云うと同じ言葉、「はい、さっそく何か弾きや。」です。そこで、彼は作りかけのトラックをかけてくれました。ドラムのビートのループ、基本的な和音(ギターやキーボードだと思いますが)だけが入ったものでした。始めは何をやっていいのやら、まったく思い浮かばずに、しゅんとして黙ってベースを抱えて聞いてるだけでしたが、何十回も繰り返してかけてもらって、こわごわとベースを(消え入るような音ですが)いじっているうちに、なんらかのフレーズっぽいものが奇跡的にも出てきました。ほんの数音です。それ以上は無理やナと判断されたのか、彼は録音ボタンを押してくれたのでした。同じフレーズをただただ私は繰り返し、時には遅れ、時には指が弦から落ち、ループが切られるまで弾きつづけました。


 その拙い、拙すぎる、ベースの音が入ったトラックをカセット・テープに落として、帰りにもらいました。「練習しいや。」という大先輩からのメッセージです。初めての私の音楽の記録みたいなものでした。


 このカセット・テープを宝物のように後生大事に持っていた私は、日本に戻ってからずっと後の約4年後、これに歌を入れることになります。そう、あのへたくそなベースのままで。その上に、BAGUSのグランド・ピアノで密かに練習していたピアノの音を、オモチャのキーボードで再現して。そのオモチャのキーボードには、星が流れるような音がありました。あとキラキラっとした音も。その二種類を弾き足して、宇宙のような感触を出してみたのでした。ラップというよりも、朗読に近い英語の部分は、絵本の物語のように自分の過去を書いて、間には歌とバック・コーラスを入れたのでした。「世界の子供たちが眠りに落ちるような、子守唄のような、優しい物語のような曲にしたい。」とある日思ったのです。


 曲の最後には大好きなS.スピルバーグ監督の映画「Close Encounters of the Third Kind (邦題:未知との遭遇)」で、大切な意味を持っていた宇宙からのメッセージ音を乗せました。これもオモチャのキーボードで、似たような音を探し出して、練習してから重ねたものです。


「人の夢を笑い飛ばすことは止めよう。

 彼らがどんなことを成し遂げるのか、誰にもわからないのだから。

 ただ種を蒔いて、育ててあげて欲しい。

 そうすればある日、あなたはその木陰でゆっくり休めるのかも知れない。」

   
  (Once Upon A Time In L.A.より抜粋。英詞&訳:chi-B)

Once Upon A Time In L.A.


 
lyrics/melody/e.bass/keyboard/vocal: chi-B, バックトラック作曲:Kaz h.
  Final Mixing:masta.G
  無断転載禁止です。著作権保護を心よりお願いします。



 そんなL.A.での生活に終わりを告げる日がやって来ました。突然の母からの電話です。「今まで黙ってたんやけど、お父さん倒れてん。もう一ヶ月くらい前やねんけど。迷惑かけんとこうと思って様子見ててん。今のところ命には別状ないらしいんやけど、悪いけど、一回帰ってきて欲しいねん。」バブルの崩壊の、その余波。それが私の目の前に一気に押し寄せた瞬間でした。そして、それは第一波に過ぎなかったのでした。未だ知らぬ第二波、第三波、それが音も立てずに迫っていることを、その時の私はまったく予測できませんでした。


〜つづく〜



 
posted by chi-B at 01:10| 大阪 ☁| Comment(4) | 音楽物語 GROOVE TAO(道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月26日

そやそや!

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iTunes Music Storeで「黄昏incomplete偲び草」を発売していますが、

パソコンが苦手な方たちにとっては、これがなかなか曲者で。。。

iTuneプレイヤーのインストールとか云われても、何のことかわからないとか、

たとえ解ってやってみたとしても、OSが旧いとダウンロードできないとか、

いろんな理由から、あきらめてしまわれることも多くて、

それが私たちには非常に残念でなりません。



”せっかくパソコンと格闘して頑張ったのに無駄に終わった!”

”パソコンを使ってない人間は聴くなっちゅうことかい!”


こんな腹立たしい思いをされている方(わかります!!)…のために。

iTunesで売っている「黄昏incomplete偲び草」と同じではないのですが、

その元となったオリジナル音源「黄昏tasogare偲び草」のCDがありますので、

CDショップ The MELODY. でどうぞそちらを!

あと一曲も入ってるよ〜。^^


Tasogare.jpg



542-0083
大阪市中央区東心斎橋1-13-21和田由ビル
Tel/Fax : 06-6252-6477
通信販売されています!
ご注文、お問合せは電話・ファックス・emailでもOKです!

ウェブ・サイト http://home.att.ne.jp/blue/mel/



できるだけたくさんの、心ある方々に聴いて頂きたいchi-B&masta.Gより。



このジャケットの空は、今は遠いLos Angelesの朝の空。

内側には、同じLos Angelesの夕焼けの空。

撮影は辻川”masta.G”雅治さんです。


裏ジャケットに筆で書かれた「偲びぐさ」の文字は、

今は亡き、masta.Gさんのお父上の直筆。

まだ若い頃のGさんに宛てた、家族からの手紙よりお借りしました。


CD盤とその下の面にある不思議な写真は、

私chi-BがHollywoodの部屋にて撮影した相変わらずわけのわからない写真。


Gさんの家族、私の家族が撮影してきたいろんな想い出の写真。

きっとどこのご家庭にもあるのと同じようでしょうね。


ぜんぶちゃんと意味が在ったり、想い出があったりします。

そしてもちろん、一枚一枚が私たちの手作りのCD-Rです。

資金不足の折。>< We are always on a limited budget...OH,WELL.

値段は999円!(プラス送料)スリー・ナイン!ナインナインナイン!

ぜひとも、どうぞよろしく〜。

posted by chi-B at 12:32| 大阪 ☀| Comment(20) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

第二話 違う思考回路あらわる

My ”ミュージック”=MUSIC+MAGIC
このカテゴリーに書くことは、私の音楽の道の記録であります。


「君は差別されていると気付いていない。

そんな自分こそが差別主義者なんやという事が解らんのか!」
masta.G


 すべての計画が崩れ去って、次はどちらへ向いて歩けばいいのかさえ分からない私に、頭が悪いと言い切ってから、masta.Gさんは説明をしてくれたのでした。(Gさんは当時、ライブ・ハウスBAGUSの営業をやりながら、数ヶ月交代でハリウッドでドラムを習うという、行ったり来たりの生活をしていました。)その時のmasta.Gさんは、私が17歳の歳から知っているやさしいmasta.Gとは違う、本当に厳しい顔をした、真剣なmasta.Gでした。そして心底怒っていることが、真っ赤な顔から伝わってきます。素直とは到底いえない人間だった私でも、ちゃんと聞かないと大事なことを伝えようとしてくれてるんだから、と思わせる力が部屋中に鳴り響いて、金縛りになったようになります。


G 「僕は、昔から君をずーーーーっと見てきとるけど、君は子供の頃から音楽が好きで、その中でもブラック・ミュージックが好きやと思うんやけど、違うか?」

私 「はぃ…。」

G 「いつも僕の店に来るたびに新しいレコードかかえて来てたのを覚えてるで。」


「そこまでいっぱい聞いてきて、アメリカでもう何年も暮らしてきて、
 それでビバリーヒルズか?それが正しいとおもてるんか。勝ったつもりか?
 一体何を見て来とんねん。音楽の何を聞いて来たんや。俺にはわからん!」

「黒い人らは、アフリカから無理やりに連れてこられて、むちゃくちゃひどい目におうて、今でも貧乏で底辺で暮らしとんねん。ここ(ドン!と床をたたいて)でや。このアメリカじゃ!それを、三年やそこらで、金にモノ言わして学校で習った程度で、クリニックやらなんやらチャラチャラしやがって。ビバリーヒルズ??アホか!!!!そんなもん白人に利用されとるだけや。騙されとんねん。お前らは悪い教育の被害者や。くだらん競争ばっかりしやがって。そんな人間はおったらアカンのんじゃ。俺はそんな奴は叩きつぶす!ほんもんのいい世界を作るのには邪魔なんや。黒人の音楽を聴くのも飾りで聴いとんねん、そんな奴は。悪い種類の白人と同じや。失礼にもほどがある。何世代にも渡って苦労して頑張って、差別と闘こうてる人らの生活に土足でドタドタ埃たてて踏み込む人間は、悪い人間にきまっとるんや。そういうのが暴動やら戦争の引き金引くんじゃ。奉仕せえ。世話になった黒人の人らに感謝の奉仕せえへんのか!」


 …わかる。こうして文字にすると過激ですが、真に云いたいことが正しいと全身が感じてしまうのです。だから反論ができません。


 「君は日本でも塾やら英会話学校やらで金儲けしてる奴らに才能を利用されて、鍼の学校でも利用されて、またクラスメートの白人に知識を利用されて、便利のエエ日本人なだけや。それに気付いてくれ。あいつらが欲しいのは、自分が成功するための君の糞真面目さと黄色い顔と腕。自分のことしか考えてないんじゃ。わからんか?わからんのは、君もおんなじように欲深いからやねん。仲ええように思わされてるだけや。札束で顔はたかれとるんや。欲に目が眩んで焦点がずれてしもてるからわからんやろけどな、君も差別を認めてるのと同じことをやってしまってる、そう云うてるんや。」そいつらの土俵にあがれば、そいつらの思う壺や、とも云っていたと思います。悪い人間の上がってこられへん神聖な場所から、思いっきりやりたいことやれ。。。というような話だったとおぼろげながら記憶しています。その時点では、私にとっては始めての考え方だったので、真意はわからない状態でしたが。


 音楽はおもちゃじゃないんや。美しい音に隠された、耳を傾けるべきメッセージであってニュースなんや。理屈はわかっていても、その実、実生活とは切り離して聴いていたことが目の当たりにバラされ、明かされていく瞬間でした。そして、masta.Gは、これまでの数十年間、何度も何度も私に云ってきた言葉を繰り返します。

「音楽やり。君はそれしか分かる方法はないわ。

苦労すると思うけどな、それで救われるかも知れん。」



 音楽…何でもトライはするけれど、運動と音楽、それだけはできない!と、子供のときから私はいつも思っていました。masta.Gは私が十代の頃から、顔見るごとに「バンドしようや。歌うたい〜な。」と云ってきていましたが、いつも笑ってかわしていました。好きなことと、やる仕事は違うと思っていたし、楽譜も読めない、歌手になるなどは冗談の頂点くらいの手の届かない夢ともいえない絵空事と思っていました。何でそんなに頑なに断るのか、と聞かれて、

私 「楽譜がわからんし。。。」

Gさん 「楽譜なんか音楽には要らんで。あれはメモみたいなもんやがな。笑」


 そこで私はどうしても音楽が嫌になった、ある出来事を説明する羽目になりました。幼稚園から小学校の頃の話です。ちょうど当時は音楽教室みたいなものがモダンなお習い事として、子供らと母親の間で流行となっていました。私も、貧乏ながらもミーハーな母(女の人はそんなもんなんですよ。いつの時代も。)に連れられて、わけの分かっていない3歳から、(仮)ヤマダ音楽教室にオルガンを習いに行かされていました。何も分からなくても、発表会になると、ベッチンのワンピース・レースの白い靴下・黒のエナメルの靴(赤や青の小さな花飾りがついているのです。必ず。w)3歳から6歳まで通う中で、母の内職で月賦で買ったと思われるオルガンも一度・二度は、支払いが滞って回収されていきました。そのたびに、「修理に出してるから、ちょっと我慢しててや。」という母の話を子供は信じ込んで、また数ヵ月後にオルガンが戻ってくるということに何も疑問は感じていませんでした。


 6歳になって、教室の場所が変わりました。チンチン電車に乗って、新しい(仮)ヤマダ音楽教室へ行く日はドキドキでした。はじめて一人で電車に乗ったのです。手袋の中に電車賃。かばんには今月の月謝袋を入れてもらって。。。天神の杜の長い長い階段をのぼって地図をみながら見つけた建物。「せんせい、こんにちわ〜!」とはいっていくと、いつもの女の先生がギョッとした顔で、なんだか歯切れ悪く、「あれ?あの〜長谷川さん来たん…。」といって、もう一人の先生とコソコソ話しています。そんなことよりも、初めて見る楽器に私は釘付けでした。ピアノ。。。真っ黒で赤いフェルトがかかっていて、かっこいい。レッスンが始まりました。今日からオルガンは卒業して、ピアノが始まったのでした。鍵盤を押さえてみると、オルガンとは違う感触。オルガンの鍵盤みたいに軽くはなくて、なんだかズッシリと重たい木。その音色は深くて、耳が痛くない。。。うっとりしたものです。その日の授業を終えて、月謝を渡すと、こう云われました。

「あのね、長谷川さん。長谷川さんは、お家にピアノを買うてないでしょ?持ってない人は習われへんのよ。だからね、お月謝返すからね。もう二度と、ここへ来たらダメなのよ。わかる?お母さんに、先生がそう云うてた、って、ちゃんと云える?ピアノ買ったら、また来ていいからね。ね?バイバイ。気をつけて帰ってね。もう来たらアカンよ。」


 先生の言葉に黙ってこっくりして外へ出たとき。私は途方にくれていました。階段の手すりをスリスリしながら、「お母ちゃんに怒られる。お母ちゃんに怒られる・・・。」そればっかりを考えていました。私がさぼったと、嘘ついてると思わないだろうか、と。それが怖い、小学一年生です。帰って話すと、母は始めは「なんで〜?」と大声で言ってから、黙ってくやしげにしていましたが、ピアノは高いし、置くところもないから、と誰に云うともなく云って、「てっちゃん、もうあきらめな。ごめんな。」とだけいって、二度とピアノの話は出ませんでした。そんなに暗い気持ちになったわけではないのですが、それで、「そうか、ピアノ以上はお金持ちの子ぉがやるんやな。」と、ただ納得できたのは、レッスンが好きじゃなかったのだと、今は思います。だから、どうぞ暗い話とは思わずに聞いてくださいね。歴史です。でも音楽の理論や技術はそれ以来、さっぱりわからなくなりました。ただレコードを聴いて、真似して鼻歌程度に歌うだけになったのです。


コレを話して、音楽は好きですが、それは聴くものであって、私にとっては、やるものではないのだと、そうGさんに説明したつもりで居たら…。


「(笑って)あほやな〜。そんなん今も胸に傷みたいに残してるんか?そんなこと関係ないのに。そいつらは何もわかってないだけやがな。ねーちゃんのバイトやんけ。だいたい、黒人がみんな子供の頃にピアノ習ってるとでも思うか?ヤマダ音楽教室(仮名)いってるか?日本で見てて、ヤマダ音楽教室から出てきて、”この人うまいな〜、かっこええな〜”と思う人いたか?どうやねんな。」

masta.Gの答えに、なんだか長年のこだわりはスッと消えたのでした。
だからといってすぐに、音楽やります!と云える私にはなれません。当たり前でしょう?そんなこと考えたこともないんですから。それに、Gさんとやるなら尚のこと。一筋縄ではいかないのも直感で感じます。それに、自分だって無類の音楽好きなのですから、目指すものがどれほど遠い道なのかも、漠然とですがわかりました。想像するだけでゾーッとするくらい難しいに決まっています。一人で外国に飛ぶくらいはするけれど、音楽という魔物にそんな簡単に飛びつけるほど、怖いもの知らずではない私でした。


 そうこうしている内に、友達の鍼灸師のDa Tree(黒人の美しい女性鍼灸師です)から、ある仕事を自分に替わってやって欲しいと頼まれます。そう、それが、ドラッグ中毒のリハビリテーションセンターでの鍼灸治療の仕事でした。masta.Gは、これにはゴーを出しました。「それはいい仕事や。やらしてもらい。俺も薦めるわ。それと、頼みがあるんやけど、慣れてきた頃でいいから、俺も一回見学に連れて行ってくれへんかな?」

 このクリニックでの話については、以前に記事にしたので、そちらを参照してくださいね。「実話に基づくお話:B-FUNK RIDE」http://chib.seesaa.net/archives/20060203.html


 そんなある日のこと、masta.Gが言い出しました。

 「君、三月が誕生日やろ?君、ベースギターの音が好きやと云うてたから

  ベース買いに、サンセットのギター・センターへ行こ!」



「え?」


〜つづく〜



posted by chi-B at 23:37| 大阪 ☁| Comment(5) | 音楽物語 GROOVE TAO(道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月21日

風邪菌退治は?

Hi!風邪菌なんてものが在るのか見たことないけれど…

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セーターやらジャケットに掃除機かけるのがええよ!

クリーニング代も高いのであまり洗濯しない外套や毛糸類、
こんなところには、外からコッソリあなたに付いて来た
ウィルスやらホコリがわんさか居ると思われるので、
念入りに掃除機をかけるのがエエと思います。
家族の服にも、ガーガーガー!!!背中もお腹も襟元もガーガーガー!!!
そうすると何とはなしにスッキリ気分。掃除のついでにぜひどうぞ。
あ、ズボンもいっときましょ。着たままでも楽しいよ。スースーする。笑

で、鼻うがい。しつこいようですが。
これやるようになってから、私は風邪にはほとんど罹ってません。
だから本気でお奨めです。
勢いつけてブワッと吸い込むと、むせたりして鼻も痛いので、
手に受けたお水やお湯を、少量ずつそ〜っと鼻に流し込むやり方が楽です。
あ!その際には忘れずに喉は閉めてね。きっとですよ!
鼻の粘膜を洗ってくれた水分は口から出てきます。で、うがいを。

寒い寒い2月がやって来るので、ちょっとこんな事を書いてみました。
知らない間にVirusに乗っ取られないように。
パソコン守るよりもっと優しく、身体を守ろう!!!って思いました。
免疫はまず鼻・口腔の粘膜から始まります。
消化も噛む事から始まります。まず自分からできる防御を。


んじゃ!


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posted by chi-B at 13:33| 大阪 ☁| Comment(8) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月20日

第一話 いつも間違うねん

My ”ミュージック”=MUSIC+MAGIC
このカテゴリーに書くことは、私の音楽の道の記録であります。


「勘違いしてイイ気になるな。その生き方は間違ってる。」masta.G


 1990年12月末、湾岸戦争で揺れるアメリカのLos Angeles国際空港に降り立って、これからの自分の人生への期待で私の気持ちはときめいていました。1991年1月から4年間、過ごす予定のOriental Medicine(東洋医学)のカレッジの日々へと想いは駆り立てられ、「今度こそ、真面目に人生を出直したい。」そんな漠然とした決意的な熱を感じていました。会社勤めなど考えるのもイヤで、それでもかろうじて塾の英語講師やら、英会話学校の講師やら、いろいろと十年プラス数年とやってきたけれど、自分にはいつも疑問がありました。「もっと何か、コレ!といったものが私にもきっとあるはず」という得体の知れない胸を騒がせるようなシコリが心の底にありました。


 東洋医学…幼稚園の頃から神経質で肩を凝らしていた私は、鍼灸の治療を時折うけていて、なじみもあったし、もっと知ってみたらどうかな、しんどがっている人の苦しみを和らげることができると役立つだろうし、自分も充実してて嬉しいもんだろうな、と思いついて。緊張はしていました。それまで勉強ができた覚えはまったくなくて、学校の宿題もしない、高校受験の時でさえ「勉強したくない」と言って親と先生に怒られ渋々やった程度で、唯一の救いは英語で。それは洋楽が好きでずっと聞いては歌っていたからと思うのですが。(これが後に私の足を引っ張る要因ともなってきますが、それはもっと後で…)それでも高校のテストでは100点満点の8点(一桁!)を取るしまつでした。けれど、「勉強なんてどうでもいいわ。やりたくなったらやればいい。」で、あまり気にしてなかったです。


 東洋医学といってもツボの位置や漢方薬の効能だけではありません。日本ではどうなのか知らないのですが、解剖も含む西洋医学や物理・化学も学びます。社会的にも(こんな言葉は嫌いやけど)、日本のハリのイメージよりも、もっと医者に近いイメージです。だから治療代も一回の診察で数百ドル〜数千ドル取る人も居ます。アメリカの鍼灸師は「診断」をすることが出来ます。病名をカルテに書いていいのです。それは、間違えば訴えられる事もある、ということを意味しますが。訴訟の国アメリカでは、弁護士が「どうやって鍼灸医の落ち度を探し出して訴えてお金を取れるか」なんて教えているセミナーもあるのです。だから、トリートメント・ルームでは異性の患者と二人きりにならない、治療のために服を脱がせるときには、もう一人、患者と同性の第三者を同席させる、など、いろいろと面倒なのです。日本のイメージとは違いますね。


 朝から晩まで、憑依されたように必死で勉強するうちに、私はいつしかStar Studentと呼ばれるほど成績優秀になっており、教壇で出席を取ったり、お金をもらって遅れ気味の学生さんを食堂で教えたり、人数が多いために二部屋に分けられたクラスでは先生の代わりに教壇に立って学校からお金をもらったりするようになりました。大学にはLearning Clinicというのがあって、インストラクターのついた生徒インターン達から安く治療を受けられるようになっていたので、高い治療費を払えない一般の人々に人気でした。そこでも、オリエンタルの”黄色い顔”をぶら下げた私(当時は唯一の日本人学生でした)は人気があり、「入ってきただけで治るような気がする」とか「痛くないマジック・ハンドを持ってる」とか「気功ができるみたいだ(頼まれて試しただけなんです。授業で習ってたし。。。ごめん。)」などなど噂が先行して、患者が殺到したためにインターンの単位もあっという間に消化して、4年の予定は3年とチョットで終了して卒業を迎えました。カリフォルニアの州の試験に受かり、次にアメリカ全土の国家試験のようなものに受かり、ライセンスを手にしたときには、ビザの有効期限までまだ一年半近くの日々があまりました。


 卒業するとアチコチから「うちで働かないか」と声がかかるようになりました。白人のカイロプラクティック師からは、「日本のプロ野球の選手が身体を調整しにくるから通訳と助手をして欲しい。」とか、大学の先生からは「私のクリニックで勤めて欲しい」とか「クラスを受け持ってくれないか」などなど。ありがたいことなのか、どうなのか、真面目で勤勉だと、皆がそう思ってくれていたのでしょう。でもそれをすべて断って、私が選んだのは、自分のクリニックを開くことでした。同じクラスにいたイタリア系アメリカ人の女の子と共同で、借りたオフィスの所在地はビバリーヒルズのど真ん中。「ビバリーヒルズ青春白書」は英語名は”Beverly Hills 90210”この番号は郵便番号なのですが、私のオフィスは90212。名前は友達に聞かれて私がつけたのでした。
THE BODY & MIND HEALTH CLINIC
ザ・ボディーアンドマインド・ヘルス・クリニック
しかし、ここで治療をすることは一度もありませんでした。すべての準備も整って、後は宣伝を始めるだけの段階までで永遠にSTOPさせることになります。


 そこまでしておいて、またしてもの虚無感。トータル・ブラック・アウト。それに、他の人間たちの私生活に及ぶために、ここには勝手に書くことのできない修羅場とも言える大事件の連発。そうです。また間違ったのです。間違いの原因はどこにあるのか、答えは明らかです。何処へ行こうと、何をしようと、揉め事や失敗が付いて廻るということは…。。。
もう自分しか原因はないのだと、
教えてくれる人がいました。そう、辻川”masta.G”雅治さんです。


「君は間違ってる。成績はエエか知らんけど俺から見たらむちゃくちゃ頭悪い。

欲深くて罪深い人間や。

そんな奴に人なんか治せるか。自分を治さんかい!人生やり直せ!」



〜つづく〜かも 笑〜


posted by chi-B at 12:06| 大阪 ☁| Comment(12) | 音楽物語 GROOVE TAO(道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

歩く日々&Barry

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計画通り、今年に入ってからはいっぱい歩いてます。

リズミカルな呼吸に集中しながら、車に気をつけながら。

今日は新しい発見がありました。笑ってしまうほどの。

思わず一人で「オイオイ!」と突っ込みましたね。


いつもバスで行っているスタジオが…家から歩けば10分ほどで行ける!

しかも池がいっぱいあって鴨まで泳いでて、いい景色を見ながら。


もう何年も通ってて、初めて知ってビックリしました。

これまで自宅を出て、masta.G宅へ寄って(ここですでに逆方向)、

そこで機材を詰めたりの準備をして、目の前のバス停から荷物を持って…。

かなりの時間をかけて行っていますが、なんとなんと10分とは。

しかも片道220円のバス賃まで払って‥。は〜ぁ。

とは言っても、荷物の都合でこのやり方しか仕方ないのです。(T_T)

そこには市立図書館もあるので、たまに一人で通ってみようっと!



ところで、誰から聞かれもしないのですが、

今年の(というよりも今後の)抱負は、

PRACTICE WHAT YOU PREACH...これです。

ここで云うpractice(プラックティス)は、

中学校などで教えてる「練習する」とはニュアンスが違って、

「実践する・実行する」ことで、preachは「説教すること」

つまりは、「人に説くことを、自分が実行せよ」です。


例えば、平和を望んでるというのならば、自分がまず行動をすること。

ダメなところを根掘り葉掘り、世間や他人に責任転嫁だけをするのでなく、

にっこり笑って、自分自身がまずその愛の種を蒔き始める。

自分の存在しているその場を、できる限り暖かくすること。

そういう気持ちです。

文句言ってるだけなら、風呂屋ののれん=”ゆ”〜だけや!ということで。

(昔の人は巧いこと言うね、ほんとに。天才的です。)

わかってるつもりでも、実際の行動となるとまた話は別で、

自分の気持ちだけ大事にしてると、これが難しい。

ちゃんと自分の行動のチェック機能を働かして行きたいものです。


がんばろっと!!




<ここからは恒例の?底抜け脱線トーク〜It's my habit!〜>


ところで、その名も”Pracice what you preach”という曲があります。

私をとろけさせるディープ&セクシーなVelvet Voiceの

Barry Whiteさんの歌が。。。(別の人の同タイトルの歌もありますが)

430.jpg


http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=469430 (試聴あり)


こちらの方は、当然ながらSexy系で。(でないと私が好きなわけない?笑)


君は僕に逢うたびに、

私ならあんなことも、こんなことも出来るわよ、

なんて云い続けてる。

一度君を知ったら、他の女には戻れないなんて、

そんな言葉を。

僕にだって、これまで恋人も居たし、

最高といってくれた人も居るけれど、

そんな僕をぶっ飛ばせるほどのことが出来るというなら、

ベイビー、フォアプレイはもう終わりだ。

話だけをするのはもう止めて。

僕はここに居るよ。

さあ、

それを実践して見せてくれないかい。



拙訳 by chi-B



みたいな色っぽいSOUL MUSICです。これが好きでね〜。

初めて聴いた瞬間からぞっこんでした。ゾクゾクしました。

思わずカセット・テープ(古!)買いにハリウッド大通へダッシュしたね。

大人の男しか歌えませんもんね!日本の人でこんなの歌える人いる?

いるんやろうか…。とろけさせてくれるやろうか…。

ま、いいや!

脱線は終了〜♪ 音楽はすごいです。。。人間の心をつかむから。

ちゃんとSOULがこもっていれば♪ にこ!



試聴してヤバイことになってる。。。このCD、欲ぃがな…。古くても。

私、こういうのには身体ごと心ごと癒されます〜ぴかぴか(新しい)









posted by chi-B at 23:31| 大阪 ☁| Comment(17) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

平和RAPPAが。

j.jpg



しばしのご無沙汰でした。すごく元気ですので、どうぞご心配なく。

まだまだ延々と続く修行ですが、今日はNEWSが入ったのでそちらを…。


「平和RAPPA」(英語タイトル:Cross Creation)が

J-WAVE Radio SAKAMOTOの第21回オーディションにノミネートされました。

第10回「着信拒否」のノミネートに始まって、
http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/audition/free_nominees-10.htm
 英語部分作詞作曲chi-B/日本語作詞masta.G/バックトラック作曲KG-K

第14回「黄昏tasogare偲び草」
http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/audition/free_nominees-14.htm
 英語部分作詞作曲chi-B/日本語の詩masta.G/バックトラック作曲KG-K

第18回「知らんふり知らんぷり」
http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/audition/free_nominees-18.htm
 英語作詞chi-B/日本語作詞作曲masta.G/バックトラック作曲Kaz h.

そして、今日お知らせしているのが、
第21回「平和RAPPA」
です。
http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/audition/free_nominees-21.htm
 作詞&歌の部分作曲chi-B/バックトラック作曲Kaz h.


Final-Mixing by masta.G always! 揺れるハート That's when the magic sets in...


(LINK先にて部分試聴できます♪)

取り急ぎのお知らせでした。

寒い日が続きますので、どうぞお身体いたわりつつ、Enjoy yourself!!

いってきます〜。


posted by chi-B at 13:37| 大阪 ☀| Comment(17) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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