2006年02月25日

メモリーレイン

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Let's get back 2 tha memory lane... 思いでの小径にかえろう。

最後にアメリカの土と海を見たのは、もう3年ほど前かなぁ。
もうそろそろまた帰りたいなぁ。。。ってよく思います。

ハリウッドでの三ヶ月間が終わって、顔馴染みのホテルのスタッフ全員ともお別れ。

ただしまっすぐ帰らないのがchi-B達の常。
今回はベニス・ビーチの辺りに一週間ほど泊まって、それからハワイでも一週間ほど泊まって、それから帰国することにしました。

ハリウッドからベニス・ビーチはちょっと距離があるので、タクシーで行こう!となり、
私を『QueenB〜』っと呼んでは、ニヤ〜っと笑ってたアジア系の女性スタッフに頼んだ。
(初めはこのステージネームは内緒にしてたけど、学校のセンセからホテルに電話があって、センセはこの呼び名しか知らなかったから、日本人のクィーンビーを出して、と云ったのでバレテしまい、それ以来それがスタッフに大ウケて、ニヤニヤされててん。。。)

このおネーサンは気さくな人で、クラークにしては態度がでかいけど心は優しい人でした。『QueenB、イイこと教えたげる。タクシーで行ってもリモ(=リムジン)で行ってもあんまり値段は変わらんから、でっかいリモに乗っていけば?』
(リムジン…この響きだけでも素敵です。それを気軽にリモ…というのもシビレマスでしょwww)

で、リモに決定。リモへ電話。リモが到着。。。トントン拍子〜♪

前にハワイでも乗るチャンスがあったけど、
その時乗ったのは観光客丸出しな無理やりのリムジン。
ちょっと古くて、運転手もオリエンタルなちっちゃい無愛想なおじいちゃんでした。
今回は、ちょい違う。さすがハリウ〜ッド、キャリフォ〜ルニアです。リモはもう少し格式あるピッカピカに磨き上げられた黒い車体。キラキラ電飾も付いてる。めちゃ体格の良い、真っ黒のスーツを着た、りりしい笑顔のボディーガードみたいな男性ショファー/運転手さん。

ハリウッドに別れを告げてベニス・ビーチへ。
ホテルにたどりつくまでベニスの細い一方通行をグルグルしてるうちに、
このショファー氏も気さくな人と判明。
いつもはセレブを乗せてビバリーヒルズ辺りのレストランに走るんだろうけど、
『こんな海のほうまでは来たこと無かった。。。』と
まんざらでもなさそうで、ウレシそうでしたね。

ここで泊まったのは古い古い歴史あるレトロなホテル。
ビーチのまん前。
昔、チャーリィ・チャップリンがいつも泊まってた部屋、の隣り、の部屋。

朝からのボイス・トレーニングは欠かさないように、と
masta.Gからの勧めもあって、ここにいる間はひとりで朝早く起きて
誰も居ないビーチで発声してました。6時には浜辺に出てたカナ。
朝はちょっと寒いんですが、
ちらほらとジョガー達が居るくらいで、あとは見渡す限り海と波と空です。

布を広く敷いて、その上に座って、半分寝ぼけ頭で、小さい声から発声してく。
前を走っていくポニーテールの日焼けしたお姉さんが、
Hi!やらGood-Mornin'!やら笑顔で声をかけて行きます。

だんだん立ち上がって陽の差してきた海辺へ歩いていって、
膝下くらいまで海につかって、もうチョイ深い目に長い目に声を出してみると、
いつも決まってやってくるのは…

いるかの小さな群れ。

何十メートルか先まで数頭でやってきて、15分ほどそこら辺で遊んでます。
声が聞こえるんかなぁ…。。。と思います。
ちょっと泳げば届きそうなところまで来てくれて、ときどきジャンプして。
朝ごはんを食べてるようにも見えましたね。それを見るのが楽しみでした。
肝心の発声は、ま、お茶を濁す程度だったかも知れませんが。HaHa。

さんざん海を堪能して、ふと背中側のベニスビーチの散歩道を振り返ると、
もう露天商の人たちが来て、店を広げてる時間。
観光客もそろそろ起き出して、ブレックファスト求めて歩き始めてる。

私は店じまい。。。(布をたたむだけ!)

いつものお香やサンのブラザーにご挨拶。お向かいのデリカテッセンのおじさんにも。
そしたら必ずお香をくれます。好きなだけ持っていっていいよって。
L.A.ではたくさんの人たちにタダでいろんなもんをもらってましたねぇ。
今、思い出しても夢のような体験がすごく多くて、不思議な感じです。
きっと子供だと思われてたと思う。。。うん。

これまたオチのないブログなんですが、
なんかね、
無邪気に嬉しかった瞬間とか幸せだった時間って、どんなだったかなぁと思って書いてみてん。

みなさんの今までで幸せだった瞬間てどんなでしょうね。
大人になってから、それを時々そっと思い出してみるのもいいもんです。
牛の反芻じゃないけど、何度も噛み砕いているうちにやっと消化できて
栄養が染み出してくるのかも知れんね。。。むにゅむにゅって。

そういうアッタカイものを広めていけるといいと思いますね。
ラブラドールの仔犬たちが一年間かわいがって育ててもらったからこそ
大きくなってから厳しい訓練にも耐えて優しい盲導犬になれるように。

そんな気がふとした夜です。夜
posted by chi-B at 23:59| 大阪 ☁| Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

気分を変えて♪

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遅ればせながらchi-Bも
デジタル・ポータブル・ワンダフル・ビューティフル・ファッショナブル・オーディオプレイヤー(仮名w)を新しくmasta.Gからイタダキマシタ。

これでまた毎日の行き帰りに音楽を聞けます。

思えば壊したカセット・ウォークマン1台、ポータブルMDプレイヤー3台、
LIVEにも使うので、どれほど大切にしてもナンでだか壊れる度にシューんとしてた。

ついに最新機器に辿り着きました〜。
役立ってくれ〜。というか、役立ててくれ〜自分!!

小さくて軽くてPCと繋げて簡単で嬉しいけれど、
あんまり機械自体が小さくて、表示される文字も小さい〜。あせあせ(飛び散る汗)
posted by chi-B at 23:32| 大阪 ☀| Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

春はまだ

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寒いなかにも そよそよと 頬にあたる風が 優しい日があるね。

だから お雛さんの模様にかえてみました。(似合わないので翌日交換www)

いまはまだ 忙しくて なかなかゆっくりなどできませんが、

花のつぼみは もう 咲きたくて そっと待っているのでしょう。


みなさん 今日も お疲れさん。

chi-Bさん 今日も お疲れさん。

明日は明日 また明日、にっこりわらって 出なおそう。ドコモ提供

I rise like the rising-sun that rises every morning, A'iight??
posted by chi-B at 23:20| 大阪 ☀| Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

遺言のつもりで

岡部伊都子さんの本を今読んでいます。すごいです。

「遺言のつもりで」
http://www.bk1.co.jp/author.asp?authorid=110000216750000
ここのページはすべて岡部さんの作品です。

026414850000.jpg

愛蔵版(ちょっとお高いですが保存版です)と少しお値段安めの二種類あり。

「僕はこの戦争は間違ってると思う。」
…誰もが熱に浮かされたように死ぬことがアタリマエのようだった時代に、
そう云って岡部さんに打ち明けた婚約者の痛切な言葉だった。

けれども、当時だれもがそうであったように軍国少女であった岡部さんは
「私なら喜んで天皇陛下のために死ぬわ」と云ってしまい、
日の丸の旗を振って送り出し、彼は沖縄戦で両足を吹き飛ばされ、自決する。

そのことを今でも悔やみ、罪と感じて、
自らを「加害の女」と呼んで、彼の言葉を広め続ける女(ひと)です。
他にも沖縄問題や従軍慰安婦問題など、その優しい上品な気持ちを通してみた
「反戦」に生きた半生をまとめた遺言のつもり、、、という本です。
生涯、病弱な身ながら、
強い強い精神で自分自身の開放を唱え続ける最高の女性の一人です。

岡部さん自身の言葉が読めるサイトはココです。
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/index_2.html(藤原書店のHP)

この言葉は読んでナ!短いですから。

<見方>
★「遺言のつもりで」をクリック。画面になければ検索できます。
★このページの中に書かれた岡部さんの言葉だけでも読んでみてください。
 きっと優しい大阪言葉に心惹かれると思います。どうぞお願いします。


音楽でも、本でも、
何でも「リアル」なものは物凄いパワーを持っていることを痛感します。
作り事でなく、自分の身の回りで起きたことの記録に鳥肌も立ちそうになります。
ここまで強烈に本の中へ引き込まれる感覚を持って読めたのはこれが始めてです。

(追伸にかえて)
岡部伊都子さんはmasta.Gの今は亡きお父さんの幼馴染です。
この本の中にもお父さんとの思い出や、おそらくお父さんのことを書いているのでは?と
思う詩(推測ですので違ったらゴメンなさいね。。。でもそんな感じ。)もあります。
こういう人達の応援も感じつつ、立派な先輩達の人生にも想いを馳せつつ
音楽を作らせていただけることも、本当にありがたいことなんです。
一所懸命になって生きないと。。。私はそんな気持ちにさせてもらえます。

『売ったらアカン』という詩もがーんときました。

魂を、本心を、まごころを、自分自身を、売ったらアカン…、もーたまりません。

日本人女性にもごっついパワフルな人はいたんや、しかもこんな身近に。
岡部さん、身体お大事に。まだまだ書いて欲しいです。手(グー)
素晴らしい本です。

作者である岡部さんご自身から送っていただけたという光栄、
ずっと抱きしめて生きます。ありがとうございました。
posted by chi-B at 13:36| 大阪 🌁| Comment(0) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

新しいMIX♪

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前回、新しくボーカルトラックを録り直してアップしなおしたばかりの

最新曲「知らんふり 知らんぷり」(NONCHALANT)ですが、

今日、masta.Gの手により新MIXに生まれ変わりました。おそらくファイナルとなる予定です。

試聴はコチラでどうぞ♪
http://www.soundclick.com/bands/pagemusic.cfm?bandID=272702
良かったらHOTというボタンを押して下さいネ。


私chi-Bとしては、これが一番歌にしっくりくるイメージです。
特にヘッドホンよりもスピーカーで聴くと、なおさら桜のトンネルが見えるようで。
また良かったら感想メールとかコメント下さいね。
そろそろこの曲にピッタリの季節がやってきます。。。信号
posted by chi-B at 22:57| 大阪 ☁| Comment(5) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3121 ”P”

QueenB.jpg


次回作へ向けてBrain-Storming中の身ながら、

Spread tha good news(良いニュースを広めろ)の精神にノッとって。。。


PRINCEのupcomingアルバム『3121』は素敵です。

img6t.jpg


お金のあまりない自分ながら、この人の作品はなんとしてでも絶対に買い!

私にとっては栄養源。心の支えのようなMusicianなので。


発売はまだ先の3月21日(3121ですからw)だけど、

NPGMC=New Power Generation Music Clubではもうダウンロードできるシングルもあります。

ビデオも。かなりタイトでスタイリッシュで、やっぱりメロメロpunch…w


いつの日か、Princeの魅力については存分に文章にして見たいと思いつつ、

そんなことは野暮なだけのような気もしてて、しかも異常なくらいの長文になること必至で。

分かるヒトには分かるはず。そしてそれが彼の音楽の凄さだと思っては居ります。


どんな音楽も彼にかかれば愛の唄、さまざまな形の。

ジャンルなど云々するのは馬鹿馬鹿しく、

人の心をグッとひきつけるのは、

心の底のBluesと強いDeterminationと熱いPassion

そして外へ向けて放つための最強のSkill有無をいわさぬAttitude。

彼の音楽はどの枠にも留まらず、どんな批評家にも足を取られることもなく、

心地よく人を裏切りつづけ、そして魅せつづけるから、

この人と同じ時代を生きれてよかった…と

多くのFam(fanではなくfamと彼は呼ぶ)が思う。


売上げがどうとかなど問題でなく、

伝えたいメッセージが世界中を駆け巡るのは目に見える。

そして、またきっと彼の本意を理解する思慮深い人が現れる。

次から次へと増殖するように。

彼が、前アルバムMusicologyを発表するときによくインタヴューで話していたように、

『コンピューターで作られただけの音楽ばかり聴いている子供たちを

自分のライヴに連れてきて、本当の音楽を見せてやってくれ』

きっとそうなる。それだけのパワーが彼のライヴと人物像には宿っているから。


そして彼なりにまだまだ手がけようとしている内なる目標があるのも感じる。

新作Black Sweatで"I've got a JOB to do"と歌っているように。

勝手な想像ながら、当たってると思われることはあるんですが、書かない。想像だから。


これ以上は皆さんの判断にゆだねるとして、私はまた練習に参ります。


『ひとつの声に自分の気持も込められないシンガーが増えてきている。』

『PCで作った作品を実際に演奏できない自称プロデューサーがあふれてる。』


こんな耳の痛いお言葉も彼は言ってます。><

アメリカのスタンダードがそうなら、日本もなおさら。。。

アカン!!とにかく鍛錬しないと。精一杯までまだまだ遠い。



最後に、

私はこのアルバムに入っている♪Beautiful Loved & Blessedという曲が大好き。。。

ファンキィー(長音記号1)なBlack Sweatも好きだけど。ソウルミュージックに勝るものナシ。

いつも、大ヒットに隠れた珠玉の名曲を愛するchi-Bなので。

聴けるサイトはあっちこっちにあるので探してみて揺れるハート
posted by chi-B at 13:09| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月16日

愛あればこそ

こんな生きにくい世の中だけど、

それでも、愛ある100%ポジティヴなメッセージが送られてくる。

ジャマイカから、イギリスから、カナダから、アトランタから、カリフォルニアから、

シカゴから、メンフィスから、オハイオから、ニューヨークから…エトセトラエトセトラ。


いろんな厄介なことを乗り越えつつ、心で音楽をしている人々は、

ちゃんと直感でわかってくれてる。

いつ・だれに・どんなふうに・愛を送ればイイのかを。


それがあればこそ、私はまた歩みだせるから、

私の人生に愛を送ってくれる人々に、どうぞ幸せが巡ってきますように。

そして日本でも、そっと熱く応援してくださっている人々に

心からのスマイルがやってきますように。。。

ありがとうかわいい


きっとまた大切な曲が書けるような気がする春間近のchi-Bの夜です。
posted by chi-B at 00:35| 大阪 ☔| Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

しばしの間

そろそろ新しい曲に向けて瞑想(迷走か?)期間となります。
もしやちょこっと更新途絶えててもご心配は無用です。
chi-Bはあいかわらず元気でおりますから。

あ、誰も心配なんてしてないか。フンフン。

しばしのサヨナラ〜。fluには気をつけていきましょー。

あのさ、今日の大阪はあったかかったです。桜咲きそうなくらい。
春よこい、そしてトットト去って、夏になれ〜。暑いのが好き。
けど奈良のお水取りもまだ先だし、無理やンな。。。

では!しゅるるるる〜台風
posted by chi-B at 00:36| 大阪 ☁| Comment(0) | アマリタマリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

深いです。

masta.Gがよく言う言葉

「怒ってないやつに素晴らしい音楽なんか作れるわけがない。絶対にでけへん!」

これまでの数十年の中で何回も聞いた、言われた、言われてるのを聞いたんですが、

きのうこれに似たことを言ってる人をTVで観ました。



それは、Los AngelesのサウスセントラルでHIPHOPのダンスをやっている

アフリカンアメリカンの男の子の言葉でした。

インタビューしている日本のHIPHOPの歌手に

「あなたにとってダンスはどんな意味があるの?」と聞かれて、

「僕が腹が立ってることを引き出して、怒りをぶつけられるのがダンスだ」

という内容の返事をしたのでした。

私は心がビクっとしたんです。



楽しいから踊るとか、カッコいいから踊るとか、好きだから踊るとか、

きっと日本の人たちは言うと思うねん。普通に考えて。

誰が「腹が立ってるから踊る」と言える?

その子はサウスセントラルという黒人さんの多く住む貧しい犯罪の多い街に住んでいて、

人を殴ったりしそうになる怒りを、ダンスで発散しているのだと言っていました。

そして、お金をもうけて自分の住む地域の子供たちのために、「何か」を建てたいと。

犯罪やドラッグやギャングばっかりの街で育つ子供たちのできることを探したいと。

http://www.nhk.or.jp/night/archives.htm#arc2006020604
(インタビュー記事はコチラ)



音楽もまったく同じなのじゃないかと、思った私でした。

masta.Gの言っている事が、また一つ、正しいことが証明された思いもしました。



またまた誤解を呼びそうなので補足しますが、

怒ってる音を出せ、というような単純な話ではありません。



本気で怒れる人は、本気で生きている人だということです。

そして、その人々は「優しい人」に違いないのです。

自分のことだけ(保身だけ)考えてズルく生きていないという事です。



怒っているから、静かな消え入るような静寂の音楽で心を癒そうとし、

怒っているから、瞬間に爆発できる破壊力を持つロック魂があり、

怒っているから、愛する人に向けて心からの優しい優しい音が出せ、

怒っているから、無心に笑うことの必要性を真に知っていて、

怒っているから、踊り・歌い狂うことが一心不乱にできる。。。という意味です。



これは、歌や音楽をやろうとするヒト(もちろんchi-Bを含む…)には大事なことと思う。



真剣に生きる。。。これの意味を知るには、真剣に人と関わる事かな、と思います。

誰しも「真剣に生きてるわ!」というかもしれないけど、

そのベストはほんとのベスト?どうなんやろう。困難から逃げたり避けたりしてないかな。

私自身はまっだまだ甘いと認めざるを得ません。だから、もっと頑張る。

それしか道はないからです。音楽を志した以上は。



ちょっと話はそれるかもしれないけど、

大阪から東京まで38日間かけて一人で徒歩で行かれた写真家

糸川燿史さんの本「東海道徒歩38日間ひとり旅」(小学館文庫)を読んだときにも、

そんな言葉があったのでした。

誰かに「なぜ、そんなしんどいことをするのですか?」と聞かれて、

思わず「世の中に腹が立っているからです」ととっさに答えてしまったと。

あぁ、やっぱりそうなのか。と感慨をもってその部分を読みました。



日本に居ると、なに不自由ない生活水準があるように見えていて、

つらいつらいと言いながらも、どうにかこうにか生きて学べて働ける人が殆どです。

それは悪い事じゃないのだけど、同時にピュアな真剣さを失ってきたようで、

これはナカナカ表現するのが難しいんですが、

ほんとに腹立つべきときに、どうも腹から怒れなくなってる。

怒るべき人に怒れず、

誰かから自分が責められたときくらいしか腹立てられなくなってるようで。(=逆ギレです)

これは人間的にヤバイかもしれません。



この記事全体は私自身の自戒を込めて書いているので、

気に入らない人は無視すればいいんですが、

ただひとつ、

「音楽は”音”を”楽”しむことだから、楽しければいい。」という言葉、

これは私の大嫌いな言葉であります。こじつけに思えます。

観客ならまだしも、Musician側が使うべき言葉ではないと思っています。



Musicianなら、

音で泣き、音で笑い、音で怒り、音で愛し、音で………もう充分ですね。

そんなことを思いながら、明日からまた遠〜い遠〜い遠〜い道を行きましょうかね。



そして、私は、

悪いくせである「頭でっかち」にならないよう、実践に挑みますです!!


手(グー)

はぃ。

皆様、おやすみなさい音楽
posted by chi-B at 01:01| 大阪 ☀| Comment(7) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

ラジオがくれた贈り物#11 日本語放送

久々にラジオがくれた贈り物シリーズに着手〜音楽

またまた話はL.A.での日々に戻ります。
もう順序メチャクチャやけど、ま、いいやん。犬

ほとんどいつも、
RAPやSOULのかかるBlackMusicの放送局ばっかり聴いているB&Gでしたが、
夕方、砂漠のまちLos Angelesに夕日が沈む頃、忘れてなければ、
必ずかけてたのが日本語放送。。。

その時間には、
日本から親の転勤や転居の都合でアメリカに連れてこられた子供たちが通う
日本語学校の生徒の作文を鑑賞する番組があって、特にmasta.Gが楽しみにしてました。

内容は、たわいない子供たちの作文なので、
今とりたてて覚えているようなものではないのだけど、

素朴な日本の子供たちの作文を、
アメリカで暮らす、日本人のアナウンサーのおじさんが朗読しているのが
なんともホノボノとしていて落ち着いたもんです。
「あ〜何やかんやと文句言いつつも、私って日本人やねんなぁ〜」って感じました。

ハワイくらい日本に近い場所でもそうだけど、
長いあいだ外国で暮らしている日本の人は、時折、日本がめちゃくちゃ恋しかったりする。
日常の、ほんの一瞬に。

それで風鈴とか、わざわざ日本街へ行って買ったり、
日本食材のマーケットに行ってアンパン探したり、
日本では買いもしないような、甘納豆を買ってしまったり。

日本にずっと居ると、「あー外国暮らしってええなぁ〜」と思うのに、
日暮れ時には、なんとも人恋しくなるもんです。
そして、ついつい家族に電話したりして。ノスタルジックな時間が流れます。

このラジオは子供の心を通して心のルーツを刺激してくれるようで、好きでした。
知らん間に顔がにんまりするみたいな感じ。
わかるかな?

昔、初めてハワイに留学したときに、
今はどうなったのか、知りませんが、
当時は、たいてい、70代から80代くらいのおばあちゃん達が通訳兼ガイドをしていて、
私はよく、

「あなた英語が得意なんだったら、こんしま(この島)に住んでガイドになんなさいな。」と
よく誘ってもらいました。
「あなたみたいに若い人が足らんけん、年寄りばっかりで困っとるからね。」って。
九州訛りや、広島訛りで、あったかく話してくれます。

実際にオアフ島で、ちょっと山の近くまで車ではいるとガソリンスタジオに給油にいっても、出てきて接客してくれるのがうちの母より年上のおばあちゃんだったりして、驚くことがあります。なんか日焼けして、しわだらけの笑顔がフロントグラスを拭いてくれてるのを見てると、働かせてるのが申し訳なくなったりして。きゅんとしたり。

いろんな理由から、外国に移住して遠く日本から離れている日本の人たちにも、
メッセージを届けるために、こういった日本語放送でも音楽を流したいなぁ〜って。
ときたま思うchi-Bです。

こういうのが愛国心とかいうのん??
どうなんやろ?

だから、心込めて贈れるような曲が作りたい。
やっぱり、それが一番大事に思えるわ。。。
だって、遠い国でがんばって生きていた、
同じ国の大先輩やん。


いつか、いつか、ね。
ほんもののほんものになったときにね。リゾート
posted by chi-B at 23:15| 大阪 ☀| Comment(8) | ラジオの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

ららららぁ〜??

超独り言4 Don't take it personalシリーズ

むかっ(怒り) 無意味な「ら、ら、ら、ら、らぁ〜」!!! むかっ(怒り)

近頃ラジオで流れる日本の歌J-POP聴いてると「ら、ら、ら、ら、らぁ〜♪」多すぎ。
まずもってして「ヘン」やで。もったいないわ。歌詞考えようや。

せっかくラジオで大勢の人が聴いてくれるチャンスを掴んだのに、それでイイん?
それともLIVEでお客さんに歌ってもらう予行演習?そんなん、後でイインちゃうのん?

私が「ら、ら、」を許せるのは、
The Delfonicsの名曲
LaLa Means I Love Youだけ。
長い音楽ファン人生で、今んトコこれ一曲だけ。

「LaLaLaLa LaLaLaLaLa は”君を愛してる”ってこと」って歌ってるやん。
使ってる意味ちゃんとあるもん。

この主人公の彼は、
あまりの愛の大きさに言葉を失って、

僕は、
君の人生を通り過ぎていった男たちみたいに、
ダイヤモンドの指輪もしてはいないし、
歌うべき歌も知らない。
僕が知っているのは、ラ、ラ、ラ、だけ。
愛してるよ。
(大意 by chi-B)

これなら効果的で、ロマンティックさに拍車もかけてるから大満足するねん。
一音、一音、心こもってるのがわかるし。胸に切なく響いてくるし。

もっと悩んで、どうも軽はずみな「らららららら〜ぁ」は、やめとこーや。
使うなら、バッチシ極めような!
「らんらんら〜ん」なんて問題外。幼稚園児の歌なら別ですが。

と、音楽仲間として、視聴者としての超独り言でした。
チャンチャン かわいい

あ、サンプル聴いてみる?
ココでLaLa Means I Love You を見つけてクリック!です。
http://www.cisco-records.co.jp/cgi/title/rnb/detail_147239.php
posted by chi-B at 23:25| 大阪 ☁| Comment(5) | 超独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

B-FUNK RIDE


実話に基づくお話:B-FUNK RIDE


1994年9月1日から有効…そう書かれた移民局からの就労許可証カードを手にして、

私はサンタモニカのとあるクリニックで働くことになった。

初めての日、所長である男性から、仕事の説明を受けていた。

実際の年齢よりも数段若く見える私のことが、どうも頼りなく見えていたと思う。

「本当にやれると思うのかい?」と背の高い彼は、私を見おろしてもう一度尋ねてきた。

「他の誰も助ける人は居ないよ。君ひとりで”あの人たち”を世話できるかい?」と。


「やります。」その答えしか頭に無かった。


「オーケィ、いいでしょう。何日間かやってみなさい。何か問題があったら電話を。」

彼はそう言って、それでも心配そうに、「…使うことがないといいんだけど」といって、

スタンガンのありかと使い方まで、声をひそめて私に教えてくれた。

(こんなものまであるんやなぁ。。。そりゃそうやろな。。。)と手にとってみた。


そのクリニックの存在は、数年前から知っていた。

東洋医学を学んでいたカレッジの、大切なアフリカン・アメリカンの女友達が働いていたから、

遊びがてら見学に行ったこともあった。

アメリカの抱える大きな問題のひとつ、ホームレスの増加そしてハードドラッグの蔓延。

このクリニックは、ドラッグ中毒またはアルコール中毒になって、

ついに犯罪を犯してしまった人々が裁判所から強制的に治療を受けるように命じられて

やってくる針治療のクリニックであり、患者の大半がホームレスの男女だった。


私の仕事は、朝早く、ビルのドアの鍵を開けて、彼らを部屋へ入れ、

心を落ち着ける効果のあるハーブティーを調合し、彼らに飲んでもらい、

そして一人ずつの耳に数本の鍼をうつ、というもの。

患者達は、耳に鍼を入れられたまま、本を読んだり、瞑想にふけったり、

30分ほど広い部屋に輪になって置かれた椅子に座っている。

たいていの人たちが、最終的には私たちが鍼を抜きに行くまで眠ってしまっている。



鍼灸のカレッジを卒業したての私にとって、仕事の内容は別段むずかしいものではなかった。

むずかしいのは、彼らの移り変わるムーディーな精神状態に対応することだった。

それと、電話の問合せへの対応も神経を使うものだった。

「ほんとうに鍼を打つことでドラッグをやめられるのか?」その質問が多いのだけど、

答えは「わからない」に等しい。結果は一人一人の心がけ次第だから。禁煙と同じである。


ホームレスといっても、このクリニックに来る人たちはシェルターで寝泊りをしていて、

朝、晩の食事くらいはしているので飢えては居なかった。

シェルターではシャワーも浴びているから、それほど不潔でもなかった。

それでも、自分のおかれた状況に絶望と怒りを持ってはいた。寂しさも。


ほとんどの患者達は明るく振舞ってはいたものの、それは外見だけで、

皆が、痛む心を抱えて毎日苦しんでいた。

なんだか分からない理由で急にキゲンを悪くして席を立って帰る人や、

いきなり椅子を蹴り飛ばして、放り投げて、プイと出て行ってしまう人や、

ボーイフレンドに殴られて顔を腫らして泣いてやって来る女の子や、

ホームレス同士の喧嘩でケガをしてやってくるおじちゃんもいた。


「ハグはしないようにネ」と言われてはいたものの、

それをしないわけにはいかないくらい優しい黒人さんのおじいちゃんもいた。

みんながみんな苦しいんだ…。

それを生まれて初めての「濃さ」で見届ける事になった。

彼らにはもう隠す事はできないのだった。


とても若い(幼いといったほうがいいかも)男の子が、ある日セーターを持ってやって来る。

「コレさ、似合うんじゃないかと思って」と、私に渡す。

「どうしたん?どこから持ってきたん?」

「あ!盗んだと思ってるでしょ?違うからね!!」と彼。

ホームレスのシェルターには、お金以外に、こんな服の寄付もあるそうだ。

「うれしい?きっと似合うと思うから君の分も持ってきたんだ。いつものおれい。」と嬉しそう。


彼はなかなかドラッグが止められず、ずっとココに通ってきていた。

ある日、休みの日に、私が車を運転してサンタモニカ辺りを走っていたとき、

ふと窓の外を見ると、少し離れたところに彼がいた。

観光客であふれるビーチの近くの信号の傍らで立っていた。

声をかけようか一瞬悩んだけれど、かけられなかった。

安物でも自動車に乗っている自分が、道で暮らす彼に声をかけるのが失礼にも思えていた。


そこにいた彼は、クリニックで見せるはにかんだ笑顔ではなく、

怖い顔をしていたからかもしれない。薄汚れた荷物をかついで、うつろに見えた。

またドラッグをやっているようにも見えた。


お洒落で素敵なコロンのいい匂いをさせた黒人男性が、

私の友達が今もココで働いているか尋ねてやってきた。

「彼女はもう働いてないねん。私が替わりにココに来たんです。」という返事を聞いて、

とてもジェントルマンな振る舞いで、綺麗な笑顔でお礼を言って帰っていった。

後でこの友達に電話で伝えて聞いたところ、

彼も前はこのクリニックの患者で、人を撃って殺してしまったとのことだった。

今は罪を償って普通に生活しているらしいけど、

「あんなに素敵なソウルシンガーみたいな人が。。。」とすごくショッキングだった。

映画じゃない、それがアメリカの現実だった。


ある日には、見たことのない三人ほどのラテン系のホームレス達がそろってやってきた。

ちょっと危険な雰囲気もまとっていたけど、そのうちの一人は車椅子に乗っていた。

足をケガしていたのと、他にも何か病気があるようで、つらそうだった。

Can I help you? (どうしました?)と聞いた私をじっと見て、彼は言った。

Well...you ALREADY have helped me. (もう助けてもらったよ)

With that sweet smile of yours.(その優しそうな笑顔で)と。

私たちはお互いに笑い、彼たちにはハーブティーを飲んでもらって、

鍼もうって帰ってもらった。


患者達から治療代は原則受け取ることになっている。

クリニックは非営利団体で、お金持ちの会社や個人からの寄付で成り立っているのだけど、

出来る限りのお金は払うように勧めている。社会復帰のためにも。

とはいっても、払うのは5セントや、多くても25セントくらいしか出せない。

お金を払う事に怒る人たちもいて、そんな人たちは1セントも出す事はない。

それでも強制はしない。


何やかやとありながら、半年近くは働いていた。

そんな毎日に、突然に終わりがやってきた。

父が病気で倒れたと日本からの知らせが入ったから。


「急だけど、父が病気なので日本に帰るねん」

そう言ったとき、皆は

「そりゃ、帰るべき!一日も早く帰ってあげなくちゃ。」と口をそろえて言ってくれた。

「でも寂しくなるな。あなたがいてくれて良かった。」と、いって泣いてくれる人もいた。

私は皆にお礼を言ってクリニックを後にした。

ここに来ている皆が先生だったと、最後の日報に書いた。


日本に戻って間も無く、

私は歌を歌い始める事になる。宿命みたいに。

それまでの十何年間、masta.Gからどれほど誘われても

(そしてどれほど憬れてても、好きでも)

「ぜったい出来ないから無理!」と拒み続けていたのに。



あるトラックを聴いていて、詩が浮かんだ。なんの前触れも無く。

そのとき、私は曲を聴きながらこのクリニックの患者達を思い浮かべていた。自然に。

そして、

海のすぐ近くにあるこのクリニックに向かうとき、そしてハリウッドの家に帰るとき、

いつも走っていたベニス・ブルバードやサンタモニカ・ブルバードを思い出していた。


歌が出来たとき、私はそれを「B−FUNK RIDE」と名づけた。


自由になれますように。

嘘をつかずに生きれますように。

愛されますように。

それがB-FUNK RIDEに込めた自分への、苦しむ人々への祈り。

テクニックも何もないけれど、想いはありったけ込めた。


いまも同じ場所にきっとあのクリニックがあって、

また違った顔顔が椅子に座っていることと思う。

悩む日々から自由になることは、時間も気力もかかる。くじけそうになる。

頑張ったからといって、かならず成功する約束もない。

それでも、やっぱり「心の平和がもたらされますように」と祈らずにいられない。


2006年1月、

日本では、大阪のうつぼ公園からホームレス達が、この寒空の下、追い払われたそうだ。

足に優しく気持ちよかった土は、コンクリートか何かで覆われてしまい、

公園はその温かみを大きく失った。

何が正しくて、何が間違っているのか、

何が必要で、何が贅沢なのか、

何が綺麗で、何が汚いのか、

何が危険で、何が悪なのか、

考えて、考えて、胸の辺りが切なくなるばかり。


まず初めに一人一人の心に平和が無ければ、全体の平和なんて無い、と

私の大切な友達がいつも手紙の最後に書いてくれている。ほんとうにそうだと、思う。

この文章にまとめやオチはありません。


読んでくださってありがとう。


B-FUNK RIDE


















作詞/歌のメロディー:chi-B(当時QueenB)バックトラック:Kaz h. Mixing:masta.G

posted by chi-B at 01:21| 大阪 | Comment(9) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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